著者の矢作理絵さんが患った病気は、100万人に5人の確率でなる「特発性再生不良性貧血」という厚生労働省指定の血液難病だ。本書では、著者曰く「汚くて、ダサくて、弱くて、もがきあがく、かなりかっこ悪い」闘病生活を追っていくのだが、その語り口が内容に似合わずとてもチャーミング。読み終わったあとには、元気と勇気で心が満たされる、そんな一冊です。
矢作さんは当時33歳。アパレルの海外ブランド衣料や輸入雑貨の卸売りに精を出す、完全なるワーカホリックだった。蚊に刺されたり、ただ単に足を掻いただけすぐに紫色の痣が出来たり、大量の鼻血が出たり、生理不順になったりと、病気の兆候は十分すぎるほど出ていたが、都合のいい自己判断を重ねることで見過ごしてきた。軽い気持ちで近所のクリニックで看てもらうと、血液の数値が一発アウト、駒込病院で要検査、入院生活が始まる。
特発性再生不良性貧血とは、原因不明の病気で、骨髄の中の造血幹細胞がなんらかの理由で壊されてしまう、自己免疫疾患だと言われている。外からのウイルスや細菌の感染を防ぐために免疫が働くのだが、その免疫が自分自身を敵とみなして正常な細胞を破壊してしまうのだ。医師の説明によると、辿るオプションは次のようになる。
①同胞骨髄移植(兄弟姉妹からの移植)
②ATG療法(ウサギで作った抗体を静注点滴して、増結を妨げているリンパ球のT細胞を抑制する治療法)
③非血縁ドナーからの骨髄提供
同胞骨髄移植は唯一の兄がドナーを拒否したため、可能性がなくなった。ATG療法は効果が現れず不発に終わった。残るは、第三の非血縁ドナーからの骨髄移植のみとなる。それまでにも、骨髄採取や骨髄生検、カテーテル挿入や抜歯、無数の口内炎、輸血など、普段経験することのないことが一気に降ってきていたが、闘病生活、ここからが本番。過酷な副作用との闘いが始まる。
2013年4月中旬から骨髄移植の前処置が始まり、同時に副作用地獄に悶え続ける。そして5月中旬に移植が生着した(手術で移植された器官が、本来の機能を果たすこと)との報告を受けた。その一ヶ月の間に、矢作さんは「2度死にかけて、2度も戻ってきてしまった。」彼女が生死を彷徨ったとき、手を伸ばして引き戻したのは、彼女を支える家族、友達、医師や看護師の存在である。
例えば、友達のけんちゃん。入院初期の不安な頃、「仕事で忙しくて遊びにも行けない状況だから、暗いのいつでもちょうだい!」や「人の心配をしたりする良心の欠片が残っていたのを確認できてよかった」と言ってみせたり、弱音を吐いていたとしても「おはぎさん(著者)は強靭なハートとボディーの持ち主だから大丈夫」だと、心身共に矢作さんを何度も救った。
印象的だったのが、矢作さんが「あとがき」のなかで語った、「笑ってディスって治す。」彼女と彼女の仲間によれば、闘病記さえも闘病ネタになる。彼女の病気を悲しそうに話す友人は1人もいない。死にかけて夜中に友達や家族全員が病院に集まった日も、「余命あと2日」と宣告された日も、すべては「おはぎ劇場」の一幕なのだ。
もちろんこの闘病記は、決して軽いものではない。入院の際に仲良くなった移植患者仲間との別れや、母親が娘を看病するときの気持ち、矢作さんが2度生きるのを諦めてしまった辛さなど、息が詰まる場面がたくさんある。でも、彼女はこれを彼女なりのスタイルで発信することに決めた。「ディスって笑う。」彼女のそのようなスタイルが最高にかっこいいし、「おはぎ劇場」に携わった方々の行動や言葉のかけ方に強い感銘を受ける。是非いろんな人に読んでもらいたい一冊だ。
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