いまや、毎号、見るのは、いや、手にするのがいちばん楽しみといっても過言ではないのが『デザインのひきだし』。印刷や本まわりのプロの間では有名な「プロなら知っておきたいデザイン・印刷・紙・加工の実践情報誌」。
10年目を迎えるというこの雑誌、今回の27号の特集は「現代・印刷美術大全」と題して、すごい充実ぶり。厚さをはかったみたところ36ミリ(当方調べ)。でも、途中にいろいろと挟んであって、膨らんでいるからもっと厚いかも、重量感あふれる造本なのだ。
内容は、編集部で「これぞ!」と思う会社約60社に、得意とする印刷加工を施した実物印刷加工サンプルをつくってもらい、その数110枚をぜんぶ綴じ込んだというもの。
紹介を引用すると……「一般的な印刷はもちろん、高精細やFMスクリーンによる印刷、和紙や特殊フィルムを貼ったものへの印刷、モノクロ写真をトリプルトーンで印刷するなどといった匠の技から、オフセット印刷以外の版式であるスクリーン印刷やコロタイプ印刷、エングレービング、活版印刷、凸版印刷、バーコ印刷などの各種印刷、箔押しや型抜き、表面加工などの特殊加工……その他、今日本で行われているあらゆる種類の印刷加工を網羅した」そうな。
とは言っても、この印刷の名前がぜんぜん分からなくても大丈夫。だって、実物があるから!
1枚目から順に追っていくだけでも、複層的なメタリック表現の印刷(きらめくのがおもしろくてつい誌面を動かしてしまう)、金箔のような印刷(見本の屏風絵が映えていて美しい)、超薄紙の両面オフセット印刷(お菓子を包んだりして!)、複数の「ニス」で絶妙な手触りを出している「ウルシ印刷」(本物の漆ではもちろんなく。でも、ずっと触っていたい優しい感触)、点字印刷(実はあまり触れたことがない人も多いのでは?)、「ニス印刷」の技術によってホワイトボードのように「消せる紙印刷」(これはとっても便利)……と、6枚目までにすでにして、この多様な実物ぶりなのだ。
表紙の刺繍についてもしっかり説明がある。そのヒミツはといえば、「本誌綴じ込みをしているあらゆる印刷加工にかぶらない手法をと考え」というところから発想が始まるのも驚いたが、「オフセット印刷でベースを刷り、その上からビジュアルをミシン刺繍で施しました」と続く紹介にもびっくり。紙にミシンで刺繍!?
開けば47頁にその説明があるのだが、読んでいてため息の出る手間の掛け方だ。以前にも11号の付録で、板紙に刺繍をしてもらったことがあったそうだが、乗り越えるべき壁が今回はさらに高かったよう。まず、印刷と比べ物にならないほどの時間がかかる。「一筆書きのように刺繍がつながっている図案ならまだいいが、玉留めする箇所が多ければ多いほどより時間がかかるそう」。なるほど……。今回の表紙の刺繍の量だと1枚40分もかかり、一日8時間作業をしても最大で550枚。また、どうしても出てしまう、仕上がりの糸のたるみなどは、人が手でひとつひとつ直していく。
ちなみに、手掛けたのは東京・足立区の株式会社グレイスエンブ。ホームページを見ると、ワッペンの刺繍から、サガラ刺繍(ボリューム感のあるワッペンの刺繍)、スパンコール刺繍に3D刺繍(3Dの波は、ここにも来ていたか!)とあり、「刺繍に魂を込めます!」と宣言するだけのことはあるのであった。
と、まあ、ひとつの加工技術の実物から、会社を掘り下げていくとまた別の面白そうな技が隠れているという具合で、読み終えることは永遠になさそう。
初版限定実物見本ならではの、名前からして気になる「忍者インク」なんぞ、私は初めて知った。光に反応し、スマホのフラッシュ撮影で、隠されていた絵が現れるという逸材……祖父江慎さんが、口をあんぐり開けて驚いていらっしゃるほど。これも実物がついているので、私も撮ってみたけれど、やっぱり口あんぐり。
ひとつひとつ紹介しているとキリがないのでやめておくが、編集後記で、津田淳子さんが書かれている文章には、胸打たれた。
こうした印刷加工サンプルをしっかりと綴じ込んだ見本帳をつくりたいという思いは、7~8年前からずっと思っていたことで、それが実現できたことが、今まだ夢半ばのような気持ちでこの編集後記を書いています。
創刊10年にもなるとは、正直、自分自身も驚いている状態です。でも、どんな特集を組もうかということに、未だネタ切れで悩んだことはありません。
というわけで、次はどんなびっくり箱を仕掛けてくれるのか。
やっぱり印刷物はおもしろい。この見本帳をきっかけに、よりおもしろい紙もの、印刷物がひとつでも多く生まれてくれたら、それにまさる喜びはありません。
日々手に取る印刷物は、こんな技術に支えられているのだ。
『デザインのひきだし』では、今迄にも「大全」や「図鑑」の類のものをまとめていて、近いところでは「紙の加工大全」というのもあるのだけれど、今回は「印刷加工」ということで、プロじゃなくても大いに楽しめるので紹介してみた。昔はなかった、現在ならではの技術も多い。
こういう舞台裏を知っていると、本を手に取る歓びが増すというもの。この一冊自体がおもちゃ箱のようで開いても開いても終わらず、私はもう3日間くらい、これで遊んでいる。
楽しくって、いい匂い。
手に取ってみることをお勧めします。