ドローンという兵器はアメリカ軍が行う対テロ戦争において、なくてはならない存在になりつつある。様々なメディアなどでこの無人兵器が取り上げられているが、その運用実態や、どのような人間が何を考え、この兵器を遠隔操作しているかということは、あまり知られていない。なぜなら、本書でも述べられているが、ピンポイントでテロ組織の幹部を抹殺する、この兵器を運用するには、高度な匿名性が維持される必要があるからだ。
しかし、匿名性ゆえに氾濫するRPA(遠隔操縦航空機)への無責任な報道に業を煮やした著者は、遂に沈黙を破る決断をする。本書はRPAの操縦士として勤務し実績を重ね、後に第60遠征偵察飛行隊の指揮官を務めた空軍の元将校が記したRPA部隊の内部の記録である。
まず、意外なことに米空軍ではドローンという言葉を用いないという。空軍ではRPAという言葉で呼ばれることが一般的なのだ。ドローンという言葉にはすでに、無人の機械が生身の人間を殺傷するという映画『ターミネーター』のような負のイメージが独り歩きしてしまっているためだという。
RPA部隊の特徴は機体を操縦して任務を遂行する飛行隊と、機体を含めて現地に派遣される遠征部隊が別々に存在していることだ。アメリカ本土で任務を行うクルーは機体の発着は一切行わない。現地部隊のクルーが機体の離陸と着陸を担当する。現地部隊が一定の高度まで飛ばしたのちに、操縦をアメリカ本土の飛行隊に引継がせる。
本土の飛行隊の勤務は軍隊というよりも、工場の従業員の感覚に近いという。プレデターは条件にもよるが24時間飛行が可能であるために、クルーはシフトを組み1機の機体を操縦する。朝、自宅で起床して車で基地に通勤。その後、飛行中のクルーと引継ぎの業務を行い、8時間、冷房の効いたコンテナで単純作業を行い、次のシフトメンバーが来たら交代して帰宅する。
任務は単調なものが多いという。テロリストの行動を監視するといっても対象者が1日外出をしなければ、テロリストの自宅上空で円を描きながら飛行し、オペレーターが操作するカメラが撮影する画像を眺めているだけだ。攻撃任務に携わる事もない。このため、飛行隊の士気は低かったという。
著者がRPAの世界に足をふみ入れたとき、RPA部隊は第15、第17偵察飛行隊の2つしかなく、パイロットの多くは有人飛行で問題を起こしRPAに左遷された者たちであったという。そうした連中は皆、有人機の部隊に戻る事ばかり夢想していたという。しかし、著者を含め、幾人かはRPAに可能性を見出し、逆張りの思考の基に自ら志願した。著者と友人のマイクはこうした状況から部隊をプロ集団に変えるべく、隊員たちを説き伏せ、規律の確立や偵察任務に不必要ではあるが、地上攻撃に絶対に必要な近接航空支援の習得などに奮闘していく。こうした過程は戦記物としてではなくビジネス書としても読むことが出来るであろう。
彼らの努力は実を結ぶ。プレデターには小型の誘導ミサイル「ヘルファイア・ミサイル」2基搭載されているが、軍上層部はプレデターの攻撃能力に懐疑的で、これまで実戦で使われることはなかった。しかし、ついに地上で攻撃をうけている、アメリカ軍の援護を行うためにプレデターが投入されたのだ。結果は見事な成功である。以後、RPA部隊に支援要請がもたらされるようになる。
RPAが地上を攻撃する際には実に多くの手順が踏まれる。ミサイル発射の前に幾通りものチェックリストを確認し、統合末端攻撃統制官による交戦規程チェックと巻添え被害予想を行い、それから連絡将校による9ラインと呼ばれるコードの送信と確認。目標が交戦中ではないテロリスト幹部の場合は、攻撃許可の確認が各階層に伝えられ、最後にはホワイトハウスの主、つまり大統領にまで伝わっていき、可否の結果が逆の順路で降りてくるのである。そこから、目標に向けて誘導用のレーダーを照射する空兵であるオペレーターへのブリーフィングを経てミサイルは発射される。我々はプレデターを放し飼いにしているわけではない、と著者は言う。
それにしても、目標が消失しないよう、数分の間でテロリスト暗殺の可否を決断しなければならない大統領の責務の大きさには唖然とさせられる。しかしそれは本書には関係ない話であるので、ここでの議論はやめよう。ただ、テロ幹部殺害の決定には、常に大統領が最高意志決定者として存在したことは、忘れてはならないことであろう。
ここまで、多くの手順を踏んでいるのにも関わらず、無人機での誤爆や巻添え被害が後を絶たないのはなぜだろうか。著者はその点にも言及している。実は急速に拡大したRPAコミュニティーでは、著者たちが初期の頃に作った規律が形骸化し、急速にプロ意識が薄れてしまっていたのだ。手順飛ばしや交戦規定、巻添え被害予想の不徹底が日常的に行われるようになっていったという。これを立て直すべく著者は自らが指揮官へと登りつめようと決意するのだ。
ところで、無人機というと、どうしても画面の上だけで戦争をして、人を殺しているという実感が薄いのではと感じてしまう。しかしそうではないことが本書ではわかる。RPAのクルーはターゲットを1日8時間、それを毎日飽くことなく数か月間監視する。妻の行動から子供の顔や学校へ通う姿、また親子で遊ぶ姿なども観察する。モニター越しとはいえ、自分が殺す相手の人間として営みを見てしまっているのである。ある種の感情移入が起きている。
また派遣部隊と違い、1日が終わると彼らはすぐに市民生活に戻らなければいけない。そこには人を殺した人間など1人もいない世界が待っている。このため、テロリストを殺した日の勤務後は激しい自己嫌悪におそわれるという。数時間前に人を殺した自分がどのように妻や子供に接すればよいのだろうか、と。著者も初めてテロリストをピンポイントで殺害したときには精神的に苦しんだようだ。
著者がRPAの世界に入ったとき、この兵器は軽んじられた亜流の世界であった。しかし今では、テロとの戦争の主役に躍り出ている。さらに拡大を続けるRPAの世界ではパイロット不足が深刻だ。このため昨年末には米空軍が今後パイロットの資格を下士官にも拡大する可能性を示唆したというニュースが流れた。これからもRPAの世界は急速に変化し続けるであろう。本書はそんな変化する戦争の実態を知る事ができる1冊だ。