サンマ、アジ、キンメダイ、伊勢エビ、ウニ。真夜中、港に水あげされた魚介類がトラック約8000台で運ばれてくる。
これまで約80年にわたって日本人の食を支えつづけた世界最大規模の魚市場、築地市場。その全貌を、本書は水彩のイラストとともに解説している。物品の搬入、競り、仲卸、マグロ卸などひとつひとつの流れが丁寧に説明されているので、自分たちの食卓に魚はこうして届くんだと自然と理解できる。
著者のモリナガ・ヨウ氏は『プラモ迷宮日記』、や『ワールドタンクミュージアム図鑑』などでも有名なイラストレーター。玩具メーカータカラトミーのプラモに付属する解説書の絵で知る人も多いのではないか。ティーガー1 後期型のフォルムや、搭乗する兵士の装備などは著者のおかげで知ることができた。筆者の文体は、のんびりしているようで詳しい。ご本人にあったわけではないが、描く線からは著者の素朴かつ実直な人格がにじみ出ている。
イラストの臨場感は抜群である。この見開きは、マグロのせりがはじまるところ。マグロの量にも驚くが、読んでいると卸業者と仲卸業者の熱気が伝わり、市場の活気と速度に圧倒されてしまう。
仲卸の店の様子。絵の利点は適度に整理された情報を、一瞬で読者に届けられる点だろう。そのため絵描きはすでに情報キュレーターの役割を担っているのかもしれない。新鮮さをそこなわないよう用意された膨大な量の発泡スチロールも、昼には片付くから驚きだ。保温技術が進んだことで、以前は港近くでしか食べられなかったサンマの刺身も、全国どこでも食べられるようになった。
中央の黄色い運搬車がターレット式構内運搬自動車。通称ターレは築地市場の顔ともいえる乗り物だ。私も早朝の築地に訪れたことがあるが、ターレは築地の活気を表しているような気がする。独特のフォルムで、信号もない通路を合図もなく素早く走り回っていた。この見開き解説図の構図は、著者にとってお手のもので、各運搬車のバッテリーなどもディテールが正確に再現されており、さながら社会見学のように安心して眺めることができる。
これらの解説の漢字にはルビがふられている。つまり子供と一緒に図鑑的に読めるのだ。私は息子と読んでいたが、ターレのことを「スターウォーズみたい」と言っていた。確かに丸いラインや洗練されたデザインは近未来的かもしれない。
また本書のカバーを外せば見開き4ページで築地市場の全貌が現れる仕掛けだ。いま築地は多くの外国人観光客で訪れるが、皆カメラを持って目を見開いて眺めている。それはそうだろう。
しかし、こんな魅力的な築地市場も2016年に豊洲への移転が計画されている。ぜひ本書を読んで、今のうち現地に足を運んでもらいたい。