昭和20年1月1日早朝、昭和天皇は皇居の御文庫内の寝室で目を覚ました。起床を知らせるベルを鳴らすと女官や侍従がにわかに動き出す。ここは昭和17年、吹上御所に建てられた鉄筋コンクリートの防空建築で、戦争が始まってからは事実上の住まいとして使用されていた。
太平洋戦争の終結、その後進駐軍を迎えたこの年、天皇と皇后はどのように暮らしていたのか。本書はそれを側近や家族の日記から明らかにした。平時ならそばに近づけない皇室の人々も、戦時中それも末期となれば、狭い場所で肩寄せ合って生きていた。
戦争中、天皇は軍装で様々な祭祀を行っていた。すでにB29による空襲は激しさを増し、女官たちの宿舎にも焼夷弾が落ち死傷者も出ていた。5月26日には明治21年に建てられた木造の宮殿をはじめとした多くの建物が焼け落ちる。東宮やご兄弟、内親王のほとんどが疎開中であり、邸内にいた皇族についても命を無くした者がいなかったのが不幸中の幸いであった。
戦時中、天皇の唯一の息抜きは1時間ほどの散歩であったという。生物に造詣が深く、植物の観察が何より好きだった天皇は皇后を伴い、ルーペを片手に皇居の散策を楽しんだ。空襲で焼けてしまった草花は、新たに移植をし、その名を自らノートに書きつける。わずかな現実逃避であったのかもしれない。
そして6月22日、天皇は最高戦争指導会議を招集し、ここで初めて戦争の終結について検討するようにと述べた。翌日には沖縄が陥落し連合国に占領された。
玉音放送録音後に起こった陸軍のクーデターが鎮圧されたことで、現代日本の第一歩が始まったと思う。人間としての昭和天皇の素顔が垣間見られる貴重な一冊である。
(週刊新潮1月14日号より転載)
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平成2年より宮内庁において24年間の歳月をかけ編修された本文60巻が平成26年8月に完成し、天皇皇后両陛下に奉呈された。昭和天皇の89年の生涯を本文18冊+索引1冊にまとめられた公刊本。現在3巻まで発売中。