本書はピーター・ウォード/ジョゼフ・カーシュヴィンク著、A New History of Life: The Radical New Discoveries about the Origins and Evolution of Life on Earth(Bloomsbury, 2015)の全訳である。
著者の一人ウォードは地球科学および宇宙科学の研究のかたわら、これまで多数の著作を発表し、日本でも六作が紹介されている。とくに、酸素濃度の変遷が進化や絶滅の原因となったという説や、生命は自滅的な性質を内包しているという「メデア仮説」、そして地球生命は宇宙で唯一ではないものの非常に稀だという「レアアース仮説」で知られる。本書は、ウォードの研究の現時点での集大成というべき位置づけのものだ。今までの自説をすべて織り込みながら、様々な研究者からの最新の知見を交え、地球の誕生から予測可能な未来まで、地球と生命の全史を綴った壮大なスケールの一冊である。
それだけではない。特筆すべきは地球生物学者のカーシュヴィンクを共著者に迎え、その研究成果も組み込んだことだ(カーシュヴィンクはこれが初めての著書)。生命や地球の歴史について読んできた読者なら、カーシュヴィンクの名は「スノーボールアース(全球凍結)」仮説の提唱者としておなじみだろう。だが彼が唱える革新的な説はほかにもある。生命火星起源説や、「真の極移動」が生命進化にもたらした影響に関する説などがそうで、その新説が詳細に解説される点も本書の大きな魅力となっている。
カーシュヴィンクの見解に代表されるように、新しい発見、新しい解釈をベースに生命全史を「語り直す」というのがこの本の大命題であり、その姿勢はすべての章に貫かれている。その分、一から生命史を勉強しようという人には難しい箇所もあるかもしれないが、定説とされる流れを把握したうえで本書を読めば、新しい視点に胸躍るようなスリルを覚えるはずだ。
私たちのなかには、ダーウィン以来の「静的な」捉え方で生命進化をイメージする人がまだ多いのではないだろうか。つまり、生物は長い年月をかけて徐々に、いわば一直線に順調に進化してきたというものである。しかし本書が描き出すのは、それとは対照的なじつに荒々しい世界だ。私たちが地球について考えるときには、どうしても現在の姿しか思い浮かべられない。しかし、およそ46億年前に誕生して以来、地球は数々の天変地異や激しい変化に見舞われてきた(大気中の酸素濃度一つとってみても、約10~35パーセントのあいだで変動してきたと見られている)。
そこに生きる生命も、当然ながらたびたび恐ろしい現象に直面し、それをくぐり抜け、最終的に今日見られる生物相へとたどり着いたわけである。試練はときに進化を大幅に加速させ、ときに生物を絶滅の淵へと叩き込んだ。私たちはすべて、その嵐をかいくぐってきた生き残りである。本書「はじめに」では、この点を次のようにまとめている。
火、氷、宇宙からの強烈な一撃、毒ガス、捕食者の牙、苛酷な生存競争、死を運ぶ放射線、飢餓、生息環境の激変。そして地球上のいたるところにすみつこうと、飽くことなく繰り広げられた数々の闘いと征服。その一つ一つが、今この世に存在するすべてのDNAに爪痕を残している。あらゆる危機が、あらゆる勝利が、様々な遺伝子を足したり引いたりすることでゲノムを変化させてきた。まるで鉄の塊が鍛えられるように、私たちはみな壊滅的な大厄災によって灼かれ、時間によって冷やされてきたのである。
海も含めて地球全体が凍りついたというスノーボールアースも、そうした大厄災の一つだ。当初、この現象には懐疑の目が向けられたが、今では過去に二度起きたことがほぼ間違いないとされるまでになっている。同じように、本書が示す新しい歴史もいずれ「正史」となる日が来るのだろうか。この本にどれだけの説得力を認めるかは、読者の判断に委ねよう。だが少なくとも、革新的な研究者二人が説き明かす革新的な生命全史が、刺激に満ちた研究の最前線を垣間見せてくれることは確かだといっていい。
2015年11月 梶山あゆみ