シリアルキラーと聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。ヒッチコック監督の映画『サイコ』だろうか。それとも『羊たちの沈黙』に出てくるハンニバル・レクターを思い浮かべるだろうか。若い人ならアメリカのテレビドラマ『クリミナル・マインド』を連想する人もいるだろう。本書は実在のシリアルキラーたちをFBIが使用しているプロファイリングを基に分析、分類した連続殺人鬼ファイルである。
殺人と聞くと、そのイメージはどんなものであろうか。本書によれば一般的な殺人の多くは、近い関係にある者たちの間で行われる。私たちは見知らぬ誰かに殺されるより、友人や同僚、恋人や配偶者から殺されることの方が、はるかに多いのだ。顔見知りを一時の激情で殺した犯人の多くは、その時点で殺人者としての行動を停止する。自首するにせよ逃亡するにせよ、二度目の殺人事件を起こすことは稀だ。しかし、シリアルキラーは違う。彼らは見知らぬものを殺す。そして一時期の冷却期間をおいて、また殺しだすのだ。無論、例外は存在するが。
近年の研究によると、合衆国における1800年から1995年までのシリアルキラーは399人で、その犠牲者の数は2526人から3860人だという。アメリカではシリアルキラーの多くが白人である。だが近年では黒人のシリアルキラーも増えているという。シリアルキラーが人種の壁を超えるのは稀で、白人は白人を殺し、黒人は黒人を殺すという。
シリアルキラーは犠牲者からしばしば何かを強奪するが、金銭目的というよりは戦利品やコレクションとして、物ないし犠牲者の人体の一部(足、乳房、首など)を強奪するという。連続殺人の最たる理由は性的支配にあるという。犠牲者の殆どは殺害前か殺害後に強姦されており、緊縛、拷問、四肢切断、人肉食などが頻繁に行われているという。例えば女性の靴にフェティシズムを感じるジェリー・ブルードスは、殺した女性の死体と性行した後で、足を切断し保管し好みのハイヒールを履かせて楽しんだという。また殺害後に首を切断し、頭部のみを保管し、その頭部と性行を重ねていた犯人もいる。
シリアルキラーを分類するのに多く使われるのが、FBIが使用する「秩序型、無秩序型」という分類だという。これはFBIの行動科学の専門家が編纂した『犯罪分類マニュアル』に依拠する。
同マニュアルでは殺人を4つの主要グループに分ける。「犯罪企業型殺人」「個人的動機型殺人」「性的殺人」「集団的動機型殺人」である。ここからさらに細かいカテゴリーに分化していくのだが、連続殺人という個別のカテゴリーは存在せず、そのタイプにより様々なカテゴリーに分類される。
連続殺人が最も頻繁に分類されるのが、性的殺人であるという。そして性的殺人は以下のサブカテゴリーを持つ。「秩序型性的殺人」「無秩序型性的殺人」「混合型性的殺人」だ。ただしこの分類方には科学的な根拠が欠けているとの指摘や批判も度々でている。
秩序型性的殺人犯の特徴は、しばしば安定した家庭で育ち、父親は高収入、出生順位は高く、平均以上の知性を持ち、魅力的で既婚、配偶者と同居し、定職に就き技術を持つ。教育程度は高く、整然としており、狡猾で、自らを制御下においている。社会的品位を持ち、しばしば犠牲者と抑制された会話を交わしたり、誘惑したりして誘拐する。肉体的な魅力を持ち、犠牲者よりしばしば年上で、巧みに痕跡を隠すため逮捕は困難だという。
秩序型の代表的な連続殺人者は「シリアルキラー」という言葉ができるきっかけとなった、テッド・バンディだ。彼はあまりにも秩序だっていたので、警察は最初の17人の犠牲者の殺害場所を未だに特定できていない。6人の犠牲者は未だに発見されておらず、バンディ本人は「連続殺人における唯一の博士号保持者」とうそぶいている。
彼は高い知性と肉体的な魅力を持ち、中産階級的な野心を体現したような人物であったという。政治活動にまい進し、心理学の学位を持ち、法律家をめざし、美しい恋人を持ち、自殺防止カウンセラーとして親身に人々の相談にのっていた。
その一方で、冷酷な殺人鬼として多くの女性を狡猾な方法で誘拐し、鈍器で頭部を殴打し、気絶したところを強姦し、肛門性行を行い、絞殺している。その犯行は見事で、目撃者をほとんど出さず、証拠も残さない。その人間性の複雑さと犯行の見事さから、テッド・バンディに多くのページが割かれている。
無秩序型は出生順位が低く、不安定な家庭出身者が多く、家族から虐待経験がある。性的に抑圧され、無視され、場合によっては性に対し嫌悪感を持つ。脅迫的な自慰に耽る傾向がある。しばしば一人暮らしで、犯行中は怯えている。あるいは混乱している。秩序型より自宅近くで犯行に及ぶ傾向がある。既知の人物で年上を狙う傾向があり、しばしば奇襲攻撃をかけ(突然襲う)犠牲者を制圧し捕獲する。教育程度は低く、証拠を残す。犠牲者と最初にあった場所から死体を動かさず、死体との性行を好むという。
FBIが行ったシリアルキラーへのインタビューによると、シリアルキラーの多くは幼少の頃からアブノーマルな行動をとる事が多いという。ペットを殺す、夜尿、放火などの事例が多く報告されている。また子供社会から孤立し孤独な幼少期を送る。無口でおとなしく人見知りをするものが多い。彼らは孤独な幼少期にアブノーマルな空想を膨らませるという。犯罪者の82パーセントは子供の頃に白昼夢に耽り、同じく82パーセントが脅迫的な自慰に耽っていたという。
彼らは次第にアブノーマルな空想を現実世界で試すようになる。ペットの虐待、覗き、盗み、などの軽犯罪を繰り返しながら、犯罪をエスカレートさせていくという。上記の靴フェチの男は小学生の時に女性教師の靴を盗むようになる。つまり、子どもがある種の性的嗜好のある軽犯罪を犯す傾向があるならば、それを無視するのは危険な行為かもしれない。
本書では他にも様々な視点からシリアルキラーを論じている。上記のFBIによる、秩序型、無秩序型以外にも心理学や犯罪学的観点からみたシリアルキラーの分類法。またFBI行動科学科、いわゆるBSUの真相やプロファイリングの歴史などどれも興味深い。
正直、シリアルキラーの犯行の詳細を読んでいくと、あまりの残虐性とアブノーマルな行為に不快感を持つ。女性に対する性犯罪が多いので、女性の読者にとってはなおさらであろう。だが、そのざらついた読後感こそが本書の醍醐味であるとも思う。連続殺人者の心の闇を覗く作品である。他者の心の闇を覗くとき、また自分の心もその闇に侵食されることも致し方無いのであろう。そしてその闇を抱えたシリアルキラーもまた、私たち社会の一員なのである。