かつてスポーツ中継の花形だった実況アナウンサーたち。映像技術が進化し、観る人の情報源が「耳」から「目」へと移っていくにつれて彼らの存在感は薄まっていったように思える。
だが実態はむしろ逆で、視聴者を惹きつけるうえでの重要性は増してきているという。解説者とのかけ合い、ディレクターとの意思疎通、試合前の取材といった、実況以外の領域における役割が時代とともに広がってきたからだ。
本書は「ジョホールバルの歓喜」、「マラドーナの5人抜き」といった歴史的場面で名実況を残し、実況の最前線で活躍してきた元NHKアナウンサーによって書かれた一冊である。実況の方法論に紙幅が多く割かれ、ページが進むにつれて実況論に熱が入っていく。
実況席に座ったスポーツアナウンサーがマイクを通してする仕事は、実況だけに留まらない。著者によると、主な分類で ①実況描写、②情報提示、③分析、④予測、⑤質問、⑥会話、⑦つなぎ、の7種類にもなる。これらを臨機応変に使い分け、組み合わせたりしながら試合のムードを伝えていく。
ゲームが落ち着いてきてしまった時には、無理に温度を上げようとしないことが重要だ。意識的に大きい声を出してしまうのは逆効果。試合のエネルギーが落ちている際には、試合の流れに沿った情報の付加や分析、新たなプレーの提案などを淡々と続けてエネルギーが上がってくるまでひたすら待つ。
あるいは思い切って、特定のポジションや選手にスポットを当てる。著者が挙げるサッカーの例で言えば、「動き回るトップ下の選手」や、「中村憲剛のスタート」くらいまで的を絞って実況を展開する。見どころを瞬時に嗅ぎ分け、視点を切り替えていくことで視聴者の温度が下がらないようにするのだ。
その競技はどんなリズムで動く特性があるのか。試合全体の中で、今は勝敗を左右する「濃い時間」なのか、それとも「薄い時間」なのか。その試合自体が持つ意味合いは、そもそも大きいのか小さいのか。複数の要素を加味した上で瞬時に着眼点を決め、ことばを発する様は、実況の対象であるアスリートさながらにエキサイティングだ。
さらに話は映像のカット割りの原則や、アナウンサーの間で「難しい」と語り継がれている「中継放送のインタビュー」のコツなど多方面に及ぶ。普通に見ていてはなかなか気づかないような、画面の背後にある方法論が言語化され、意識に上ってくるのは新鮮な体験であった。
以前より目立たなくなったとはいえ、観る人が感じる「リズム」「時間」「温度」を操るのは結局のところ実況者の「ことば」である。飽きさせない工夫まで含めて楽しめたなら、スポーツ中継の面白みがグッと増してくるに違いない。