著者の大河内直彦さんは海洋研究開発機構・生物地球化学部門のリーダーであり、この分野では日本を代表する科学者の一人だ。そのかたわら気候変動や地球科学に関するポピュラーサイエンス、すなわち科学読み物の作家としても出版界では注目が集まっていた。気候変動の謎に迫った『チェンジング・ブルー』が硬派な大部であるにもかかわらず、非常に評価が高かったからだ。
現役の科学者の本分はもちろん研究そのものであろう。科学読み物などを書いても「科学業界的」に評価されることは少ないはずだ。現役の経営者がテレビのバラエティ番組に出演しただけで、虚業と非難されることと似ているかもしれない。しかし、それでもなお、著者は現代社会を形作ってきた原動力の風景、すなわち科学の現状と背景をおさらいしてみたいと思い、本書の執筆にとりかかったという。
熱心な大河内直彦ファンとしては、じつに複雑な心持ちだ。なによりも本業の研究をしてもらいたい。しかし、あの流麗だが平易な文章、俯瞰と凝視を織り交ぜた視点、そして品格のある科学読み物も読みたい。ともかく、寝ないでもいいから仕事をしてもらいたい。ここにその我々の願いが結実したというわけだ。
本書はタイトルのまま、地球の履歴書である。全八章にわたって地球の誕生から、いま日本人がもっとも気にかけている地震の予知などまで、縦横無尽に語り尽くしている。著者にとってはエッセイを書いたつもりなのだろうが、一般の読み手にとっては最良の地球科学の入門書でもある。
ところで、入門書を書く極意とは読者の関心をかきたて続けることにある。モチベーションのある読者にとっても、論文調の文章ではやがて飽きてしまう。映画のように場面をタイミングよく転換しながら、ときにはモンタージュの技法も入れて、謎ときのための伏線も張って、大団円に導いていくことが必要だ。そのためには、読者が思いもよらない薀蓄も放り込まなければならない。
本書からその一例を見てみよう。「地下からの手紙」と見出しが付けられた第八章の冒頭は「有馬温泉の不思議」というセクションだ。有馬温泉に不思議なんてあるのか?と逆に不思議に思う読者も多いだろう。しかし、本書ではその何が不思議かを説明する前に、なんと『日本書紀』から舒明天皇と孝徳天皇が有馬温泉を訪れたこと、さらに豊臣秀吉が有馬温泉で茶会を開いたという話が登場するのだ。
第八章まで読み進めてきた読者は、ここで「ははーん」と思うはずだ。この話題はこの先どこかにリンクするはずなのだ。しかし、この段階では仕掛けがぜんぜん判らない。先に進もう。じつは有馬温泉は泉温が90度を超える、非常に高温な温泉だということ。しかも周囲には火山がないこと、そして千年以上にわたってこの状態が保たれているという稀有な存在なのだということが説明される。ここでやっと冒頭の日本書紀が再登場することになる。
もちろんこの何が不思議かという説明だけでセクションが終わるわけはない。ここからがその理由であるウラン238の崩壊からはじまる連鎖的な放射壊変、その過程の産物であるラジウムとラドンなどについて語られる。なるほど、全国にちらばるラドン温泉というのはそういう意味だったのかと膝を叩く向きもいよう。
さらに第八章では「地震の前兆と予知」「玉川毒水」「ニオス湖の悲劇」と続いていく。その過程では、地震の前兆とラドン濃度の異常、田沢湖の人為的な栄枯盛衰、そしてなんとさかなクンが発見したクニマスにまで話題がおよぶ。しかし、そのすべては有機的につながっていて、読者はけっして飽きることはない。
それにしても最後の話題である「ニオス湖の悲劇」はまったく知らなかった。1986年カメルーンで発生した、きわめて珍しいが反復して発生する自然現象のことだ。この時には1700人もの人が亡くなっている。この驚くべき現象は「湖水爆発」というらしい。日、米、仏、カメルーン共同の科学者チームが特殊な装置を設置したので、これからは安心らしい。どんな激烈な現象で、なぜどのように発生するかについては本書を読まれたい。193ページから200ページまでなので、立ち読みでも大丈夫だ。しかし、立ち読みをしたら最後、間違いなくレジに持っていくであろうから、ムダな抵抗だと断言しておこう。
大河内作品に共通するのは多くの科学者による、長年にわたる研究の積み重ねへのリスペクトだ。本物の知はそこにある。
※『波』10月号より転載