前作『驚きの介護民俗学』(医学書院)読んだ衝撃はとても大きかった。民俗学者である著者が、新たに選んだ仕事の場所は老人ホームだった。ルーティンの仕事に追われるある日、ふと聞いた昔話に民俗学の背景を見た。若いころの経験や仕事、恋愛、結婚のことを老人たちは嬉々として語ってくれたのだ。「傾聴」が大切と言われる老人介護だが、その方法は本当にあっているのだろうか。
そう問いかけた前作は多くの人から支持され、20以上の媒体で書評として取り上げられ、第2回日本医学ジャーナリスト協会賞も受賞した。
『介護民俗学へようこそ!「すまいるほーむ」の物語』は仕事場を小規模デイサービスに変えた著者が見つけた発見と驚きを綴っていく。
以前の大規模な老人ホームと違い、ひとりひとりとの関係は密接だ。年齢も病歴も家族関係も、要介護度も様々だが、スタッフたちが心がけるのは「すまいるほーむは楽しい」と思ってもらうこと。著者の六車は、またこの場所で新たな試みを始めた。前の職場で行っていた聞き書きも、形を変えて続けるうちにスタッフが協力しはじめた。
女性の多いこの施設で、まず話題に上がるのは思い出の味。昔、こんなものが美味しかった、こんな風につくった、私の出身地では、私の母は、と語りだすときりがない。そこで行事ごとに利用者が主になって料理を振る舞うイベントを企画した。
普段なら介護する側とされる側、力関係は一方通行だが、この時ばかりは反対に介護スタッフが「教えを受ける立場」になる。八丁味噌の豚汁、いなり寿司、しらや(白和え)、すいとん、にんにくたっぷり餃子、ほうとうなど、作り方を尋ねるうちに話は青年時代の思い出へと移る。
外地で終戦を迎えたこと、挺身隊に入っていたこと、風船爆弾を作ったこと、発展家で多くの人と恋を楽しんだこと。あけすけな下ネタも、さすがにこの年齢の口から出れば笑い話で済んでしまう。
動揺が広がるからと、他の施設では隠してしまう利用者の入院や死も、ここでは皆で心配し、きちんと悼む。一緒に過ごした楽しかった時間を思い出して、スタッフと一緒に語り合う。
六車をスカウトしたこの施設の社長、村松誠の話がいい。自身の長い老人介護の経験から、彼女の新しいアプローチを応援したいと思ったそうだ。年を取ったら自分も行きたい。自分がそう思える施設を作るのだ、という気概にあふれている。長生きしたい、そう思える一冊であった。
(週刊新潮9月3日号に掲載したものに加筆してあります。写真は編集部からお借りしました。本の中ではモノクロで紹介されていますが、カラーで見るともっと楽しそうです。)
以下のイベントも企画されています。
新刊記念対談〈新潮社・朝日カルチャーセンター共催〉
「すまいるほーむ」の物語 介護民俗学へようこそ!講師:六車由実(介護施設職員)・岡野雄一(ペコロスさん・漫画家)
日時:2015年10月25日(日) 13:30~15:00 全1回詳しくはこちらまで
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私が「介護民俗学」を知った一冊。山本尚毅のレビュー
認知症治療に関しては未だ百家争鳴状態。ただ、このドキュメンタリーには、とても可能性を感じる。