サクラは、なぜ春になると花が咲くの?など、本書は、身近な7種の植物に潜む不思議について書かれた本だ。読み手は、その不思議の裏に潜む植物の知恵の深さに何度も驚かされる。そして読後には、道端の植物を敬意のまなざしで眺めるようになるに違いない。多少大げさな表現をお許しいただけるなら、読み手にとってその後の人生の景色を変える可能性を秘めた1冊なのである。本書は、ベストセラー『植物はすごい』の姉妹編。前作では、シメコロシノキ、ネナシカズラなどの生態が紹介されていた。今回取り上げられているのは、サクラ、アサガオ、ゴーヤ、トマト、トウモロコシ、イチゴ、チューリップの身近な植物7種類。必ずしも刊行順に読む必要はない。この“七不思議篇”から入ってみるのも面白いだろう。
私が本書を手に取ったのは、話題の小説『君の膵臓をたべたい』のなかで“サクラの蕾は夏に作られる”という記述を読んだからだ。小説の中では、“サクラは自ら咲きたい季節を選んで咲いている”といった言葉を登場人物に言わせていた。植物に意志があるかどうかは別として、私の中には疑問が生まれた。蕾は、夏から春までいったい何をしているのか?と。そんな時に、この本を見つけた。小説になぞらえていえば、この本に出合ったのは偶然ではなく必然だった。そして、この書評を書いている。本書を読んで、その疑問が解けただけでなく、他の植物の謎も次々にとけ、充実した読書ができたからだ。
サクラは葉が生えそろい生気にみなぎっている季節に蕾を作る。しかし、そのまま秋に花を咲かせてしまうと、寒い冬に突入してしまい繁殖できない。そのため、葉が秋に夜の長さを感じて、冬を越すための芽で蕾を包むそうなのだ。芽に包まれて冬を越し、春に花を咲かせる。咲くべき時を知っているのである。時々秋に花が咲くと、ニュースなどでは「このところの暖かさで・・・」などと解説されるが、実は虫食いなどにより、夏に葉っぱが壊滅した木でおこる現象だという。
つまり、健康なサクラは寒い冬を経ないと花を咲かせることはない。ここが大事なメッセージである。小説『君の膵臓をたべたい』の表紙にはサクラがあしらわれており、ヒロインの名前も桜良(さくら)。主人公の名前もサクラの季節にちなんでおり、物語の急所でサクラを登場させている。私たちは必要以上に冬の寒さを恐れるが、私はこの小説と本書を読んで、その必要はないことをあらためて感じさせられた。むしろ恐れるべきは、冬を経ることなく、花を咲かせることなのだろう。
この他に本書でタネ明かしされる不思議をいくつか紹介したい。それに対する回答もいくつか紹介しよう。でもこれは、不思議が不思議をよびグイグイと引き込まれてしまう本書の面白さのホンの一部にすぎない。本を読むことで、この何十倍もの驚きを味わうことができる。
アサガオの花はなぜ夕方になると赤紫になるの?
トマトの種はなぜヌルヌルに包まれているの?
トウモロコシの黄色い粒と白い粒の比率が3対1って本当?
イチゴの種はどこにあるの?
ソメイヨシノはなぜ暖かい九州よりも寒い東京で先に咲くの?(本書オビより)
例えば、イチゴの種。私は、表面にあるあのツブツブが紛れもなく種だと思っていた。しかし、それは違うらしい。あれは、果実なのだ。痩果というらしい。確かに、ふくよかな実ではない。そして種は、その痩果(=ツブツブ)の中にあるそうなのだ。では、私たちが美味しく頂いているあの「実のような」部分はいったい何なのだ?疑問はつきない。あれは、花を支えていた「花床」といわれる部分がふくらんだものだという。そして、イチゴはそこを動物に食べてもらうことで種を移動させ、繁殖につなげているそうだ。
次に、私の大好きなトマト。トマトの種は、ヌルヌルを洗い流して適切な温度、空気、水分のなかに置いておくと、わずか3日~4日で発芽するそうだ。トマトの種が実の中で発芽しないのは、あのヌルヌルのおかげなのだそうだ。さらに、アサガオの花。朝、一斉に花が咲くのは、日光にあたって咲くと思われがちだが、実は暗くなってから10時間後に咲くというのが正解なのだそうだ。そうすることで、他の花よりも先に花を咲かせ、虫たちに花粉を運んでもらいやすくする。
本書の著者は、京都大学大学院博士課程終了後、スミソニアン研究所博士研究員などを経て、現在、甲南大学理学部教授。植物に関する著書が多数あって、NHKラジオの「夏休み子ども科学電話相談」という番組にも出演された、大変著名な方だ。本書の「はじめに」にある、本書(またはそのもととなる講演)が生まれた経緯が面白い。
私のいくつかの著書をよく読んでくださっている方から、「身近な植物ごとの“ふしぎ”をまとめて話をしてほしい」と、講演の依頼を受けました。その意図を聞いてみると、「一つの植物の“ふしぎ”が、いくつかの本に分かれて紹介されている。それらをまとめて、植物ごとに紹介してほしい」ということでした。(本書「はじめに」より)
読者の声から生まれたのである。これまでの多数の講演や著書のなかから、私たちにとって身近な知識だけを抜粋して、整理した本なのだ。だから、痒いところ に手が届く。私たちが日ごろボンヤリと感じている植物の不思議にストレートに答えてくれる。この本によって開眼される読者は多いだろう。また、誰もがその 存在を知っていながら見過ごしている植物の生態は、多くの小説でメッセージを伝えるためのメタファーとして使われる。この新書は理系の本だが、小説を読むのが好きな方にも是非読んで欲しい。
作家の多くは、エンタテイメントの衣にくるみながら、小説に複数の意味をもたせているものだ。読み手が意識の上でそれに気づいていなくても、深い感動の裏には、複数の人間感情や真理に対する気づきが重層的にかかわっている場合が多い。もちろんそれは、無意識なもので構わない。もちろん私は、小説の感動には予備知識など不要だと思っている。しかし多くの作家は、これらの小さいながらも重要な企てを、できれば一部の人には気づいて欲しいと思っているに違いない。この本を読めば、植物の分野において、その準備がある程度は整うはずである。