わが国では社会の高齢化に伴って、毎年1~2兆円ほど社会保障関係費が増嵩していく。それに対応するためには、少なくとも費用を相殺する分だけでもGDPの成長が必要だ。さもなければ、わが国は年々貧しくなっていく他はない。では、どうするか。「議論に関しては、冷静に物事の真をつき自分の感情は一切挟まない英国人」の元アナリストである著者は、人口を増やすしかない、と言う。
なぜなら、先進国のGDPは主に人口によって決まるからだ。しかし、少子化対策には時間がかかる、移民政策はこの国の現状では現実味に乏しい、もちろん生産性の向上も人口減をカバーできない、八方塞がりの中で1つだけ人口を増やす方法がある、それが短期移民≒観光客であるというわけだ。外国人観光客8200万人、GDP成長率8%も夢ではないと著者は述べる。
しかるに、日本は観光後進国であって、国際観光収入は世界21位、アジアでも中国やタイに大きく水をあけられている(マレーシア、韓国、シンガポール、インドにも劣後)。観光立国の4条件、「気候」「自然」「文化」「食事」がすべて揃っているにも関わらず、である。では、何が足を引っ張っているのか。著者は、快刀乱麻の切れ味で小気味よく次々と問題を分析していく。因みに著者の現職は、文化財の補修を手掛ける創立300年の京都の伝統企業の社長である。
まず、勘違い。例えば、「国の知名度、交通アクセス、治安のよさ」や「気配り、マナー、サービス」などは4条件に比べればアピールポイントにはならない、「おもてなし文化」などという実態のない民間信仰なども同様だ、とバッサリ切って捨てる。顧客(観光客)の言葉に耳を傾けるマーケティングとロジスティクスが何よりも重要なのだ。
4条件を整備し、その上でいくつものニッチを積み上げていくべきなのに、ニッチにばかりに気をとられている、つまり「観光戦略を組み立てる順番を、完全に誤っている」のだ。とりわけ日本人が大事にしている「おもてなしの心」を縦横に分析した第4章は、目から鱗が落ちること請け合いである。この章だけでもすべての日本人に読んで貰いたいものだ。
ゴールデンウィークは廃止すべきである、お金を落としてもらうためには滞在日数を延ばすことが鍵だ、なぜ成田―東京間に新幹線を走らせないのか、なぜ観光地にもっと「ゴミ箱」を設置しないのか(旅好きの僕にはとてもよくわかる。包装紙などを捨てる場所がなければ、カバンに入りきれないのでお土産の購入量が減るのだ)など胸のすくような指摘が陸続と語られる。
最後に示唆に富む「観光立国のためのコンテンツ」がまとめられているが(明日からでも実行可能な提言ばかりである)、本書は、観光産業に携わるすべての人に読んでもらいたい快作だ。日本人には耳の痛い指摘が満載だが、それにもかかわらず読後感が爽快なのは、数字・ファクト・ロジックで正面から課題に切り込もうという著者の真っ当なスタンスがあるからではないか。
出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。