ブラジルへ飛ぶ。逃げ得は許さないと、日本で事件をおこして出国逃亡した三人のブラジル人の犯人を追って。警察関係者ではない、一人のジャーナリストだ。居所の手がかりは多くなかったが、現地テレビ局の協力を得て、見事に犯人を見つけ出す。彼らは何ごともなかったかのように暮らしていた。うち二人は交通事故による死亡事故容疑者。残る一人は強盗殺人犯。最後の男と対峙した時、命の危険にさらされる。
日本とブラジルの間に犯人引き渡し条約はない。しかし、日本から国外犯処罰の要請を受けたブラジルの検察により、三人の犯人は禁固刑に処されることになった。この調査報道がなければ、おそらく三人とものうのうと暮らし続けていたことだろう。
そのジャーナリストの名は清水潔。『桶川ストーカー殺人事件』と『殺人犯はそこにいる』という、これまでの二作を読んだことがある人ならば、このエピソードを聞いて「おおっ、さすがだ」とうなずくはずだ。何が清水をここまで駆り立てるのか。本人によると『おかしいものは、おかしいから-』という思いだけだという。もちろんそれだけではない。これだけ愛にあふれ、非道に熱く怒る人はそうそうおるまい。
直感的におかしいと思えば徹底的に調査して報道する。当たり前のように聞こえるが、多くの報道は決してそうではない。ほとんどは、警察などの発表を伝えるだけの発表報道。それに対して、清水の姿勢は、一貫して、自らが調査して発表する調査報道だ。
『桶川ストーカー殺人事件』は、ずいぶん前だが、ワイドショーなどで大々的に報道されたので、覚えておられる方も多いだろう。忘れていても、ブランド依存の風俗嬢であった女子大生・猪野詩織さんが白昼に刺殺された事件、と聞けば思い出すかもしれない。しかし、その被害者のイメージは、自らの失態を隠そうとした警察が公表した誤情報を鵜呑みにして報道された虚報だったのだ。そのことが、丹念にあばかれていく。
その端緒は、被害者をよく知る友人がもらした “詩織は(ストーカーの)小松と警察に殺された” という一言であった。しかし、最初になされてしまった公表報道に基づいたワイドショー的な取り上げ方というのは恐ろしい。後に、このような良心的な調査報道がなされ、誤った情報であったことがわかっても、多くの人には届かない。
清水が『北関東連続幼女誘拐殺人事件』と名付ける一連の事件について書かれたのが『殺人犯はそこにいる』だ。そんな事件は聞いたことがないという人でも、えん罪となった足利事件はご存じだろう。足利事件の真犯人は不明のままである。それだけではない、栃木と群馬をまたぎ、足利事件を含む5つの幼女誘拐殺人事件がおきているのだ。その類似した手口や最新のDNA鑑定から、『ルパン』と名付けた男の犯行であると同定する。しかし、ルパンは今も野に放たれたままだ。それ自体が大きな問題であるが、さらに、おそらく、その背後には、とてつもなく大きな司法の闇が潜んででいる。
『桶川ストーカー殺人事件』や『殺人犯はそこにいる』を未読の人にとっては、『騙されてたまるか』に一章ずつがさかれて紹介されているので、この二つだけでかなりの衝撃をうけるだろう。それだけでも、本書の価値は十分だ。もちろん、それぞれのオリジナル本の方がはるかにインパクトが大きいことは言うまでもない。
ほかにも、実際には被害をうけていなかったのにうけたと思い込んだ “被害者” の訴えを鵜呑みにしたために、無実の人が “加害者” として報道されてしまった『群馬パソコンデータ消失事件』。時効後に三億円事件の犯人と名乗り出たウソつき男にふりまわされる『 “三億円事件犯” 取材』。家出で事件性がないと判断されていた行方不明が殺人事件であったことをつきとめていく『北海道図書館職員殺人事件』。どれもが、「おかしい」とひっかかったことをきっかけに調査を始め、いろいろなことが明らかにされていった。
ニセ三億円事件犯以外は、ほんとうに気の毒な出来事だ。が、清水氏に「おかしい」と思ってもらえただけまだマシなのかもしれない。発表報道の中には、もしかすると、おかしなものが山ほどあるのに、ほったらかしにされてしまっているのではなかろうかという気がしてきてしまう。
調査報道のお手柄話を知らしめるための本ではない。その限界や危うさについても、客観的な意見が述べられている。しかし、この本を読むと、限界や危うさがあったとしても、まともな調査報道があまりに少ないことの方が問題であることがわかってくる。
自分の目で見る。
自分の耳で聞く。
自分の頭で考える-。
この三つをもとに、“自らの判断で「何が本当で、何が嘘なのか」を判断する”ことが重要であると説く。どこまでできるかはわからないが、清水氏が書くように、これは、調査報道だけでなく、我々が自らを守って生きていく上において何よりも重要であることだ。
あまりのおもしろさと驚愕の内容に、HONZが一丸となって推しまくったこの本。なんと、異例の野坂美帆、内藤順、仲野徹、鰐部祥平の四名による絡み合うようなクロスレビュー。さらに、栗下直也による著者インタビューまで。未読の人はこれを機会にぜひお読みください!
文庫化にあたって書いた東えりかのレビューはこちら。文庫版で書き加えられた『遺品』と題された章を読むと、警察に対する怒りがわいてくる。