これまで歴史本や評伝にて部分的に語られるものの、日本の石油外交や資源開発の歴史について網羅的にまとめた書籍は、ほとんど存在しない。日本軍が石油を求めて東南アジアに武力進出していったことは歴史年表に記されてはいるが、誰がどういう経緯で進軍を決めたかや当時の資源開発現場を紹介する本はあまりない。太平洋戦争は石油の戦争といわれるわりに、私たちは事の顛末をきちんと理解していないのかもしれない。
そんな中、明治から現在までの日本の油田開発と資源外交に焦点をあてる本書は希有な一冊といえよう。これまで歴史に埋もれてきた数多くの物語を紡ぎだす良書である。しかも、歴史の表舞台に登場するプレイヤーの動向を紹介するだけでなく、そんな彼らを支えた人、場合によっては彼らにすら認知されていない現場の人たちにまでスポットライトをあて、日本のこれまでの資源外交と油田開発の歴史を振り返っている。
本書を読むと日本の石油政策のほとんどが民間主導ですすめられてきたことがよく分かる。のちのち歴史として語られるのは政府による政策がほとんどであるが、石油を求めて最初に海外進出していったのも、産油国との資源調達交渉も、官や軍ではなく民間企業が主導してきたのが日本の歴史のようだ。
本書でも、日立グループの開祖である久原房之助が設立した久原鉱業所(現在のJXホールディングス)など民間企業が、先陣を切って朝鮮半島・満州・台湾・サハリン島など海外で資源開発ビジネスに次々と展開し、日本の資源ビジネスを繰り広げる過程がいきいきと描かれている。
民間石油会社の海外進出を政府がしかりと支援できなかったのが日本資源外交の失敗とよく教訓として語られるが、本書ではその象徴的な事件をいくつかとりあげている。1941年、時の外相 松岡洋右が、ロシア側の口車にまんまと乗せられ、久原鉱業所など日本企業が保有するロシア北樺太油田の権益をロシアへ移譲してしまうという事件や、太平洋戦争開戦直前に行われた、オランダ領東インド(現在のインドネシア)からの石油調達交渉に、石油や外交の知識も経験もない時の商工大臣 小林一三を特使として派遣させ、あげくの果てには小林一三は交渉を放り出して帰国してしまうという事件など、もしもあの時もう少し交渉を粘っていればと、歴史の「もしも」を考えこんでしまう内容が満載だ。
通りいっぺんの戦史では決して語られることのない逸話も満載である。日本軍の兵站を支えた石油部隊の話は興味深い。日本が進軍して東南アジアの油田や製油所を占領しても、それらはことごとく破壊された後であり、すぐに操業できるような状態ではなかった。一方で、日本軍には石油を専門とする部隊は存在しない。そこで白羽の矢がたったのが、民間石油会社出身者たち。民間企業で働く40〜50代の年配者400名による特殊部隊が編成され、次々と現場へと送り込まれた。彼らの不眠不休での設備の消火・復旧・再稼働作業により、日本は次々と油田を復旧させ、欧米諸国を驚かせている。
戦後、この「おっさん」部隊で生き残った人たちが、日本復興の重要な原動力として活躍することになっていく。日本最初のエンジニアリング会社「千代田化工建設」を創設したり、日本による独自の開発で日の丸油田といわれた中東カフジ油田の操業責任者になったりと、大活躍だったよだ。
この日の丸油田の開発物語は本書の白眉である。一時、日本の原油輸入量の約13%をまかなった巨大油田誕生のいきさつを読むと、日本の高度成長を石油で支えたビジネスマンたちのアツき思いがヒシヒシと伝わってくる。
いまだ、アメリカと中国に次いで石油消費量で世界第三位の一大消費国である日本。しかもそのほとんどを輸入に依存している国である。本書のように、日本近現代史を石油を持たない国の試行錯誤として見つめ直すのは興味深い。夏のドライブシーズン、先人たちの失敗と成功の歴史を振り返ってみるのも悪くない。
石油支配という褒美を求めて闘う男たちのドラマ。太平洋戦争前後の日本も数多く紹介されている。エネルギー本としては名著中の名著。