虫好きで知られる養老孟司さんはきょうも命がけで昆虫採集中(これ、ほんとうにそうなのです)。まだ見ぬゾウムシを追いかけて、はるかラオスの山奥へ! 軍用トラックに乗り込み、蝶採り達人でもある現地ガイドのナビでやたらと走り回る、虫のことしか考えていない変な人たちの道中記。爆笑必至「貴重映像74分のDVD付き」というのだから、さあ大変。
いやはや、ほんとうに大変なのである。
御年77歳の養老先生は、虫が大好き。世の中の99.99パーセントの人にとってどうでもいいであろう昆虫、ゾウムシがその好奇心の対象だ。よく文章でも書かれているが、錦織くんも真っ青であろう回数の海外遠征をまったくいとわずにこなしておられる。聞くところによると、国内はもとより、東南アジアがその遠征先として多いとのこと、今回は、中でもお気に入りのラオスの話である。
ラオス? ほとんどの人がそう思うだろう。
本書を読めば、昆虫食の習慣があるので採集環境があるのだなとか、山岳地帯は日本と植生が似ているからだなとか、答えはいろいろと想像できるのだが、現地に住む、蝶を採る名人にしてガイドの「若原君」の存在が大きいようだ。はっきり言ってこの人のキャラが濃い。というか、登場する虫仲間の全員が、濃い。が、こういう人たちこそが、未知の環境で臨機応変に対処しながらうまく行動をするのだろう、とも思う。だいたいがこんなDVD付きの本が1冊できあがるくらいだから、結果がすべてを物語っているともいえる。ちなみに、そのうちのひとりは、テレビ『ホンマでっか!?』でもご活躍中の池田清彦さんである。
にしても、昆虫採集っていい年こいて……。
そう思う人が多いこともわかる。なにしろその通りだからだ。
が、それでも採集する理由がわかる気もしている。本書の行間に漂う空気が、なにしろ楽しそうなのだ。
また、なにを隠そう、養老さんと多少仕事で縁があるため、私自身もラオスへの昆虫採集の旅に同行したことがあり、その楽しさを実感した経験があるのだ。それがあるからこそ、本書をここで紹介したいと思い、必死に世間の昆虫採集への理解を求めてもいるのである……。
だって、広い土地を対象にして自分の好きな虫を探すという行動って、まるで宝探しなんですよ! というと大げさかもしれないが、子供のころによくやったオリエンテーリング(そのために作られた地図を使って大自然の中を駆け巡り、定められたチェックポイントをできるかぎり短い時間で走破するスポーツ)と似ているのだ。
たとえば養老先生の好きな「ゾウムシ」は世界全体でわかっているだけでも6万種と言われる。未知のものも含めると20万種になるという予測もあるそうで、つまるところは全貌はだれにもわからない。
そうなると、ゾウムシといっても、その種類次第で、好んで生息する場所が変わる。川沿いの湿ったところを好むもの、ある程度高地にいるもの、朝になるとウロウロするもの、と場所や時間、気候や気温など、それぞれを見つけられる条件が変わってくるのだ。
採集する身になれば、その条件にあてはめる土地を探し、その時間にその場所にピンポイントで居ることが重要になってくる。この場合にいう「土地」とは、あの峰のあの木のそば、といった単位になることもあるので、土地をよく知る若原さんのような人の見識が重要になってくるというわけだ。
こうなってくると、もう頭脳戦だ。虫取り網を振り回しているだけのイメージの昆虫採集だが、結構な頭の体操になってくる。夢中になって頭で考えたことを確かめに、実際に「いる」か「いない」かを確認すべく、そうとうに動き回って身体を動かすせいか、終わった後には爽快感もある。ビールが美味しい。虫屋は100メートルの移動に1日かける、とも言われるが、車で移動する際に目を凝らして山の様子をにらみつけているからこその結果なのだ。
一方で、「この、○○ゾウムシがいるということは」と逆の方向で考えれば、ゾウムシの種類の分布で「ここはこういう土地だ」ということが見えてくる。たとえば、ラオスのゾウムシで考えてみよう。ラオスの地形は、オタマジャクシのような形で、その頭の部分の多くが北部、残りの頭と尻尾の一部が中部、尻尾のほとんどが南部のように見えるが、養老さんのここ10年ほどのラオスでのゾウムシ採集経験によれば、ゾウムシの種がそれに従って分かれているというのだ。地質学的にどうなのかはさておき、南から3回、陸の塊が衝突してできたのではないか――そんな想像ができるという。
とはいいつつも、こんな知識はまったく役に立つことはない。この役立たなさこそ好きになる理由でもあるわけだが、まぁ、役に立ちません。しかも、本書でも書かれているのだけれど、好きな虫を採るために嫌いな虫に刺さされることもあれば、大変な目にあうこともあって、文字通りの命がけ。
たとえば、DVD映像には焼畑での昆虫採集の様子が出てくる。ラオスではまだ相当な頻度で焼畑が行われているが、その是非はともかくとして、焼かれた後の燃えた枯れ木が好きなカミキリムシがいるので探すこともある。池田さんがお好きで、私が同行したときも、事前に焼畑リアル情報を入手してくれていた若原さんのナビのもと向かい(焼かれた数日後がよいらしい)、燃えた後の煙くすぶる木々の中を、木を裏返したり幹のあいだをのぞいたりしながら歩いていた。すると、なんだか熱い。「やっぱりラオスは暑い国だなあ」と思っていたら、主に足の裏があまりにも熱いので、足下を見たら、私のスニーカーが燃えていた。
ほんとうに命がけなのである。
さあ、行きたくなったでしょうか。なかなかふつうは行けないと思うので、まずは映像でのバーチャル昆虫採集の旅へ、いかが?
*「DVD付き特装版」とは別に付録DVDのつかない「通常版」があるので要注意。断然お勧めしたいのは、DVD付きの方です。