役に立たない本をこよなく愛しているのだが、役に立ちすぎて困惑させられるほどの一冊である。必要に迫られて読むビジネス書というのは吸収力が凄まじく、自分がスポンジにでもなったのかと錯覚したほどであった。
本書『アライアンス』は、ペイパルマフィアの一人、そしてLinkedin創業者としても知られるリード・ホフマンを始めとする面々によって手掛けられた一冊。端的に言うと、組織と個人の関係を「取引」ではなく「関係」として捉えるための枠組みが提示されている。
ちょうど先月くらいからだろうか、自分の周囲の360度全方向に渡って正念場といえる局面が続いている。その中でも大きいのが、会社での部署異動とHONZでの編集長就任であり、一つ一つは大したことがなくても、色々なことが同時に重なると結構堪える。
本書はそんな混沌とした状況下において、自分の立っている場所を今一度再確認させてくれ、一つ一つにどう対応していくべきか、その指針となるような手引を行ってくれた。
今日、組織にとって一番大事な社員の能力は、起業家のように考え、動く力であることは言うまでもないだろう。その先行事例となるのが、シリコンバレーにあるハイテク新興企業のコミュニティである。この地では、非常に力のある起業家タイプの人材を獲得してチームを結成し、彼らを上手に使いこなし、会社に留まりたいと彼らが思い続ける手法として「アライアンス」を用いているから成功しているのだという。
そのために何か革新的なテクノロジーを用いたり、新しいイノベーションを考案したりということではなく、一つ一つの業務の期間設定を行うという身近なことから始められるのがアライアンスという枠組みの特徴であるだろう。つまりは長期的関係のために、定期的に仕事を変えることを前提にするということなのだ。これを本書では、ローテーション型、変革型、基盤型の3タイプの期間に分類して説明していく。
ローテーション型は、体系化された有期の制度を指し、通常は新卒や経験の浅い社員等を念頭に置いたものである。この種のローテーション型コミットメントの目的は、組織と個人の双方に長期的な相性を見極める機会を与えることだ。相性が良いなら次のステップへ進み、よりパーソナライズドされた第二弾のコミットメント期間を設けることで、相性のよい分野をさらに活かす。
一方、変革型は個人ごとにパーソナライズドされているものを指す。期間を一定に定めることには重きを置かず、特定のミッションを完遂することに重点が置かれる。企業人として脂の乗ってきた時期に、プロジェクト型の大きな業務に参画するといった経験が近いだろう。その核心となるのは、個人が自分のキャリアと組織の両方を大きく変革させるような機会を得るための約束である。
最後に基盤型、これは組織と個人の方向性が深く整合しているということが最大の特徴だ。その人にとって所属組織がキャリアの基盤、時には人生の基盤にすらなり、組織にとってもその個人が基盤の一つになる。企業の経営者などは、その最たるものと言えるだろう。基盤型のメンバーは組織に継続性と組織的記憶をもたらし、その組織の流儀を守り伝え、知識面でも情緒面でも組織の基盤となる。
上記の3つのタイプそれぞれにおいて、組織と個人が「終身信頼」関係を築けることが、豊富な実例とともに示される。そのうえで組織と個人の間に、フラットで互恵的な信頼に基づく「パートナーシップ」の関係を築こうよ、と呼びかけているのが本書の骨子である。
このような概念というのは、会社というよりそれ以外の組織に置き換えて考えた方が理解しやすいものである。僕がすんなり自分の腑に落ちた背景も、やはりHONZでの経験というのが大きかった。何の報酬や契約もなく、一生続くなどとは誰も思っておらず、なのに毎日サイトは更新され、それなりの存在感を示せている。つまり会社の外での経験が、後々会社の役に立ってくるであろうケースというのは意外に多い。
4年近くHONZにコミットする中で、自分がアライアンスを求める側から、他の組織や新しいメンバーへ提示する側へと変わってきたのが、ここ1年位での出来事だ。最初はレビューを書くだけだったものが、サイトのリニューアルなどで変革型のタームに入り、徐々に基盤型コミットメント期間へと移行してきたことを改めて実感する。
何か特殊なことをやっているという自覚がない人でも、Facebookなどで複数のグループに加入しているケースは多いだろう。それぞれのグループにおける組織と自分のアライアンスを見直すことが、何か新しいものが生まれるきっかけになるのだと思う。
会社の中に答えがない時代である。だが決してアイディアがない、適任な人材がいないということではなく、組み合わせが上手く行っていないだけであり、突き詰めれば前提条件に課題があるのだ。
今はまだ、「分かる人だけが、分かる」といった概念なのかもしれない。だが、「会社を辞めるつもりなんかないから、もっとオレのことを信頼してくれよ」と思っている人にとっても、「いつか会社を辞めようと思っているが、少なくとも今は所属する会社できちんと成果をあげたい」と思っている人にとっても、「そうだ、そうだ」と救われる気持ちになれるような内容が詰まっていることだろう。
自分自身がターニングポイントを迎える度に、読み返しくなる一冊だと思う。そしてあらゆる個人が様々なアライアンスを経験していくような社会が早く訪れることを、切に願いたい。