「地球の起源」と「生命の誕生」ーーそれぞれが存分に語られてきているテーマではあるのだが、両者を関連付けながら解明しようとする集団がいる。東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の研究者たちだ。本書は、ELSIの所長を務める廣瀬敬氏によって、現在までの地球生命科学の研究成果と課題、そして今後の展望がまとめられた一冊である。
カギを握るのは、初期地球の環境がどのような状態であったかということである。それ以前の地球には、現在のような陸や海は存在していなかった。火星と木星のあいだに漂う隕石の衝突により、地球表面はドロドロと溶けており、摂氏1万度以上の高温で、とても生命が住める環境ではなかったそうだ。やがて隕石の飛来頻度が少なくなると、地球の温度は次第に下がり、地表のマグマは冷えて岩石になった。するとマグマから熱が放射されなくなるため、地球上の大気が冷え、大気中の水蒸気が水となって陸に降り注ぎ、海ができた。約45億年前の出来事だ。
生命誕生の時期が、それ以降であることはほぼ間違いない。現在ではグリーンランドにある岩石の炭素同位体比を根拠として、地球史上初の生命は約38億年前に誕生したと言われている。しかし、生命の決定的な証拠となる化石が発見されたわけではなく、「生命はいつどのように誕生したのか?」という疑問に対する確かな答えは得られていない。
地球に陸や海ができた後、生命はどのように誕生したのだろうか。隕石と同様に宇宙から生命が飛来したという説もあるが、その可能性は低いと廣瀬氏は予想する。なぜなら、人間が突然惑星にポーンと飛ばされても生きていけないことからわかるように、生命が存在するには、その源となる特定の有機物を持続的に供給できる環境が必要となるからである。
多くの研究者は、RNAに注目しているそうだ。RNAは遺伝情報を次世代へ継承するだけではなく、特定の有機物の生成を助ける役割も持つ。つまり、初期地球環境でRNAを作ることができれば、生命は時間と共に進化していくのではないかと考えることができる。
しかし、RNAは複雑な分子構造を持つため、自然界でそう簡単に作られるわけではない。そこでELSIでは、RNA研究を生命誕生の出発点にするのではなく、初期地球環境の中に生体分子を持続的に供給できるシステムがあると想定して研究を進めている。これまで十分に考慮されてこなかった初期地球環境に注目することにより、何かしらのブレイクスルーが期待できるはずだ。
当時の大気中には、大量の二酸化炭素があったと言われている。それらを基に次々に炭素を結合させること(=クエン酸回路の逆回し)ができれば、生体分子を継続的に生み出すことができる。なぜかと言うと、炭素の結合過程では、脂質やアミノ酸、ヌクレオチドなど、生命に必須となる副産物が生み出されるからだ。脂質は細胞膜に、アミノ酸がつながればタンパク質に、ヌクレオチドがつながればDNAやRNAになる。初期地球でクエン酸回路の逆回しのシステムが稼働していれば、生命の誕生に都合が良かったのである。
炭素を結合させるためにはエネルギーが必要になるが、深海底にある温泉水の吹き出し口や、強い紫外線、隕石中の鉱物のように、初期地球環境にはさまざまなエネルギー源があるため、それらが炭素の結合に一役買っていたのではないかと考えられる。しかし、単にエネルギーを与えれば良いわけでもない。生体内のタンパク質のように、生体必須分子を生み出せる反応だけを進める「触媒」を初期地球環境から見出すことが鍵になると廣瀬氏は指摘する。現在、初期地球が用意できたと考えられるエネルギーや触媒の候補を利用して、 炭素が二個から三個になる反応、三個から四個になる反応、というように個別の問題に落とし込んで研究を進めているそうだ。
初期地球環境を考慮することで、「生命の誕生」に纏わる研究が進展するだけではなく、地質学だけでは遡ることが難しい「地球の起源」の具体像に迫れる可能性もあるという。天文学や惑星科学、地球科学、生物学、計算機シミュレーション等、さまざまな分野の研究者が集うELSIならではの着想だ。「地球の起源」と「生命の誕生」、二つの奇跡の謎を解き明かすヒントは専門分野の枠を超えた異分野コラボレーションから見えてくるのかもしれない。
本書でたびたび登場する丸山氏の著書。この書籍が出てから17年。生命と地球に関する研究はどれくらい進展したのだろうか。
JAMSTECに所属する高井氏の著書。しんかい6500の調査報告を皮切りに、生命の起源に関する考察が詳しくまとめられている。