HONZが送り出す期待の新メンバー第3弾! 柴藤 亮介は、学術系クラウドファンディングサイトacademistを運営する若き起業家である。先日も『裏山の奇人』で知られる小松貴氏が、このサイトで資金を集め、アフリカでの研究へと旅立ったことは記憶に新しい。そんな彼が最初に選んだのは、起業家スピリッツあふれる研究者・堀川大樹氏の一冊であった。今後の彼の活躍に、どうぞご期待ください!(HONZ編集部)
今や「クマムシ」といえば、「あったかいんだから〜」で一気にブレークしたお笑い芸人をイメージされるかもしれない。だが、ここで紹介したいのは彼らのことではない。「地上最強の生物」と呼ばれている、体長約1mmの無脊椎動物のことである。
このクマムシ、普段は水中にある藻類の表面などに住んでいるという。水がない場所へ移すと体内から脱水が起こり、「乾眠」という仮死状態へ移行する。この時クマムシはピクリとも動かなくなるため、側から見ると一見死んでしまったかのように思える。しかし水を与えると、まるで再び命を得たかのように活動を始めるのだ。
驚くのはこれだけではない。乾眠クマムシはとてつもないストレスに耐えることもでき、マイナス273度の低温から100度の高温のもとでも生き延びられるという。さらに、人間の致死量のおよそ1000倍に相当する放射線量、水深1万メートルの75倍に相当する圧力など、人間には到底耐えられないストレスへの耐性も持っている。これだけで、クマムシが「地上最強の生物」と呼ばれている理由がお分かりいただけるのではないだろうか。
本書『クマムシ研究日誌』は、そんなクマムシの生態が余すところなく描かれた一冊である。しかし、単にクマムシの特徴のみが解説された本ではない。その最大の特長は、クマムシの魅力と共に、クマムシを第一線で研究する著者・堀川大樹氏の考え方や行動力も描き出されていることにある。
堀川氏は大学4年次に、乾眠クマムシが蘇る姿に感動し、クマムシ学の道へ進むことを決意した。北海道で採取したクマムシを用いて研究を進め、大学院生の時には、「世界で誰も調べていないクマムシの特徴を発見した!」という自信と共に、世界中のクマムシ研究者が集う「国際クマムシシンポジウム」に参加することになるのだ。
しかし、いざ蓋を開けてみると、堀川氏の研究成果に興味を示す研究者はほとんどいなかったという。彼はこの時の自分自身の研究を、「重箱の隅を突くような研究テーマで、かつデータ量も不十分」であったと分析している。
一方、堀川氏とは対照的に、同じ日本人で初めてシンポジウムに参加した鈴木忠氏の研究成果は大好評であり、クマムシ学の大御所を含めたくさんの人が鈴木氏の論文別刷を受け取っていたそうだ。この様子を見て堀川氏が抱いた感想がまた面白い。
鈴木さんは僕と同じく、このときの国際クマムシシンポジウムが初の参加であり、言い方は悪いかもしれないが同じ新入りである。つまり、新入りだろうが何だろうが、おもしろく価値のある研究をする人間に対しては、キャリアも国籍も関係なく、賞賛する文化がそこにあったのだ。
当時の堀川氏の研究歴はわずか2年程である。にも関わらず、ベテランの研究者である鈴木氏を「自分と同じ初めての参加者」という枠組みで捉える度胸、そして研究文化の違いという大きな視点から驚きを感じられるこのセンスこそが、堀川氏の魅力と言えるだろう。
しかし、いくらセンスがあり、頭脳明晰であっても、経済的に安定した環境で研究を続けていくことを簡単に許さないのが、学術界の現状である。
研究者の正規雇用までの道のりは、極めて長い。まず基本的に、大学卒業後の5年間(修士課程2年+博士課程3年)は、研究者の素養を身に付けるため大学院生として研究活動に勤しむことになる。そして博士号取得後も、論文や学会発表の実績が十分でかつ各研究機関のポストに空きがない限り、正規雇用先を得ることはできない。
つまり、ほとんどの博士号取得者は、任期付の研究員「ポストドクター(通称:ポスドク)」として、各研究機関を渡り歩きながら研究を進めなければならないのだ。現在、1万人以上のポスドクが正規雇用を得られない状況にあり、これは「ポスドク問題」とも呼ばれている。
実は堀川氏も、このポスドク問題に頭を悩ませていた一人だ。ポスドクとして雇用する口約束を反故されたり、「クマムシの研究やって、何か意味あんの?」と言われたりする日々。そんな中で、いつしか既存の慣習に囚われたキャリアだけではなく、経済的に自立しながら研究を行える道を模索するようになっていく。
「おもしろいことができれば、それでよい」ーーそんな研究理念に基づいて考えた抜いた結果、辿り着いた答えがクマムシグッズの作成・販売であった。愛すべきクマムシの魅力をキャラクター化し啓蒙活動を行うと共に、その売上を研究費として使うというアイデアに活路を見出したのである。
そんな堀川氏は、ポスドク問題に関して以下のように述べている。
私たち博士は、博士号を取得する過程において知的訓練を積むことで、世の中の真偽を見分けたり未来を分析する力が養われる。言い換えれば「生きるための力」が身につく。これは、国民からの税金によるサポートによって身につけた能力だ。この事実に、私たちはおおいに感謝すべきである。
それにもかかわらず政府や世の中に対してさらなる援助を求める博士たちに対して、僕は大きな違和感を覚える。高等教育を受け、生きる力が人一倍高い博士であれば、その頭脳を使って生きていくための道を切り開いてしかるべきだからだ。
実際に行動を伴わせている堀川氏の発言には、説得力がある。今後、堀川氏のように、所属機関に属さない「独立系研究者」が各分野に増え、研究成果を出せる実績が生まれてくれば、学術界と社会との接点が増え、結果的に学術研究の活性化に結びつくのではないだろうか。
本書から伺える堀川氏の一連の考え方や行動力は、まさに起業家精神(アントレプレナーシップ)に基づいている。虫好きの人はもちろん、生き物にあまり興味がない人であったとしても、試行錯誤する堀川氏の研究哲学に接することで、何かしら示唆を得るところがあるはずだ。
柴藤 亮介(しばとう りょうすけ)
1984年12月3日生まれ。学術系クラウドファンディングサイト「academist」を運営中。直近の目標は、自然科学から人文・社会科学までさまざまな学術研究の魅力が集うプラットフォームを作ること。スコッチが好き。