1962年10月15日から10月28日は、史上もっとも人類滅亡の危機が高まった13日間だった。なにしろ、アメリカとソ連という超大国同士の全面核戦争が、ハリウッド映画のストーリーとしてではなく、現実的なオプションとして両国首脳に議論されていたのだ。アメリカ大統領ジョン・F・ケネディもソ連第一書記ニキータ・フルシチョフも、決して望んではいなかったはずの破滅的な結末へもう少しで足を踏み出すところだった。本書は、この危機をもたらしたものは何か、この危機がギリギリのところで回避されたのはなぜか、そしてこの危機からわたしたちは何を学ぶことができるのかを教えてくれる。
この13日に及ぶキューバ危機を扱った書籍は数多いが、「大方の研究書は分厚すぎ、論文は狭い範囲に焦点をしぼった専門的なものがほとんど」で事実関係に誤りが見られるものが多いと著者はいう。そのため本書は、危機の全体像を数時間で正確に理解できる概説書となるよう、200ページ弱にコンパクトにまとめられている。とはいえ、本書はファクトを羅列しただけの退屈なものでは決してなく、危機の緊張感がヒリヒリと伝わってくるエキサイティングな読み物となっている。
ソ連がキューバにミサイルを配備していることを知ったケネディは、怒り心頭だった。そんなケネディが冷静さを取り戻すために、一冊の本が重要な役割を果たしたという。それは、ヨーロッパ諸国の指導者たちが意図に反して第一次大戦に突入していく様を明らかにした『八月の砲声』である。無知、現実の否認、根拠の無い自信がどのような悲劇をもたらし得るかを知ることが、ケネディの怒りを沈めるのに役だったのだ。著者は、ケネディが『八月の砲声』から学んだように、人類はキューバ危機から多くの示唆を得ることができると考えている。そして本書には、そのヒントがたくさん詰まっている。
本書の副題にあるように、相手に自分の姿を投射する様子を指す“ミラー・イメージング”という社会科学用語がこの危機を読み解くキーワードとなる。つまり各国首脳が、「他者が自分と同じように世界を見ている、見るだろうと仮定したため、自己の行為がもたらす帰結について計算を誤った」のである。ケネディはまさかソ連が核兵器をキューバに持ち込むはずはないと考えていたし、フルシチョフはアメリカに気付かれずに核兵器を持ち込めるだろうし、バレたとしてもケネディはことを荒立てないだろうと信じていた。それぞれが、現場から挙げられる情報・現実に目をつむり、自信の立場のみから思考することで、いつの間にか取り返しの付かないところまで事態は進展してしまったのである。
キューバ危機の全体像を理解するために、忘れてはならない視点があると著者は指摘する。それは、キューバ及びカストロの存在である。米ソ対立という視点が重要であることは間違いないが、それでも「カストロとアメリカの対立がなければ」、西半球でソ連がアメリカに挑戦を挑むことはなかったはずだ。そのため、著者は本書のストーリーを13日間のずっと前、19世紀初頭のアメリカとキューバの外交からスタートさせる。アメリカとキューバには危機の前からいくつもの火種があり、カストロ政権打倒を目指したマングース作戦はCIAがフロリダ州で最大級の雇用主となるほど大胆な動員がなされていたという。キューバ危機は突発的に発生したものではなく、複雑に絡み合った両国の歴史がもたらしたものでもあるのだ。
本書でキューバ危機の実態を知るほどに、危機の回避に偶然が果たした役割の大きさに気が付かされる。歴史に”もしも”はないが、ケネディでなければ、フルシチョフでなければ、ほんの少しボタンが掛け違えられていたら、と考えられずにはいられない。もう少し血の気の多いリーダーがいれば、危機は悲劇に変わっていたはずだ(事実、前米国大統領アイゼンハワーをはじめ、キューバ空爆を支持する者は多くいた)。人類は、過去の危機から遠ざかるほどに、過去の危機を忘れるほどに、新たな危機に近づいていくのかもしれない。
キューバ危機を含む、世界の趨勢を大きく変えた交渉の実像を明らかにする一冊。アメリカ独立、ポーツマス条約など交渉現場の緊迫感がひしひしと伝わってくる。レビューはこちら。
戦争の姿を変え、広島と長崎に悲劇をもたらした原爆誕生をめぐるストーリー。そこには科学者、政治家、スパイが絡み合う。レビューはこちら。
ケネディが冷静さを取り戻すために役立ったという、第一次世界大戦発生経緯を追った一冊。