4月7日、大宅壮一ノンフィクション賞の受賞作が発表されました。書籍部門は須田桃子さんの『捏造の科学者 STAP細胞事件』、雑誌部門は安田浩一さんの「ルポ 外国人『隷属』労働者」(G2掲載)。特に、このSTAP細胞事件はこの1年の科学界をいろいろな意味で揺るがした事件でした。後々も時代を代表する1冊となることでしょう。今回は『捏造の科学者』の読者を分析してみます。
『捏造の科学者』は発売からしばらく、テレビ番組(特にワイドショーなど)で大きく取り上げられ続けました。これによって読者層にひとつの特徴が出ています。下記がそのグラフ。
50代~60代の男性が多いというのはノンフィクション書籍の読者構成比としては見慣れたグラフですが、今回は各世代とも1/3は女性が占めています。これはテレビでの取り上げの影響と考えられるのではないでしょうか?
では4月の大宅賞発表以降の読者クラスタを見てみましょう。それがこちら
ここでどーっと男性陣と若い層が増えて…という展開を予想していましたが、それに反して女性比率が上がる結果となりました。
大宅賞発表以降、新聞各紙の記事中で取り上げられる事が増えています。実は女性向け読み物などは新聞掲載(しかも記事掲載)の影響が強く反映される傾向にあります。本書も同じようなメカニズムで女性読者が増えたのかもしれません。
読者の行動を読み解くヒントは併読書籍からも見つかりました。『捏造の科学者』を購入した方が今年2月以降に購入した銘柄のベスト10は以下のとおりです。
RANK | 銘柄名 | 著訳者名 | 出版社 |
1 | 『文藝春秋』 | 文藝春秋 | |
2 | 『64 [上][下]』 | 横山 秀夫 | 文藝春秋 |
3 | 『イスラーム国の衝撃』 | 池内 恵 | 文藝春秋 |
4 | 『週刊文春』 | 文藝春秋 | |
5 | 『週刊新潮』 | 新潮社 | |
6 | 『虚像の道化師』 | 東野 圭吾 | 文藝春秋 |
7 | 『「昭和天皇実録」の謎を解く』 | 半藤一利 | 文藝春秋 |
8 | 『ダイヤモンド』 | ダイヤモンド社 | |
9 | 『火花』 | 又吉直樹 | 文藝春秋 |
10 | 『世界史の極意』 | 佐藤優 | NHK出版 |
上位10タイトルのうち7割が文藝春秋のタイトル。雑誌から単行本への誘導策が功を奏している事がはっきりとわかります。ノンフィクション読みというわけではなく、横山秀夫や東野圭吾などの同時期に話題になった作品を併せ買いしているのはほかの本には見られない特徴ではないでしょうか。週刊文春と同じくらい週刊新潮も読まれているのですが、実は週刊文春と週刊新潮、発売日が同じなので2冊同時に購入されている方が多いのです。
それでは、『捏造の科学者』の購入者の併読タイトルから気になるものをいくつか紹介します。
中国共産党書記長を中国皇帝と称すとはこれまた大げさな。と思って眺めていた本でしたが、中国のトップが持つ力はそれだけ強大なもの。習近平がこの権力を得るまでの抗争や今たびたび報道されている腐敗官僚の撲滅運動まで、朝日新聞記者として現場を知り尽くした著者だからこそ書けた1冊になっています。なんでもロサンゼルスには中国高官の愛人が暮らす「愛人村」があるのだとか。誰が、何のために…と興味が尽きません。
これまた中国本。1年前はいわゆる嫌中本がランキング上位を占めていましたが、今年に入ってからはこういった政治経済の研究本が増えてきている気がします。
中南海とは中国で言うところの霞ヶ関のような場所。東京ドーム25個分という広大な敷地だそうですが、そこに入ることは指導部入りを意味します。日本の霞ヶ関との大きく違って地図には載っていないし、一般人の立ち入りも制限されているのだとか。こういった場所から中国の今、これからを論じた注目作です。
昭和天皇実録が世に出たこともあり、これから数々の研究書が世に出てくることになるはずです。『大正天皇』『昭和天皇』の著者が、皇后という存在に注目し歴史の中で「皇后」が果たした役割を読み解きました。『昭和天皇実録』とあわせて読んでいる方も多いようです。
山本弘さんといえば、トンデモ本収集で有名な「と学会」の会長も務めている方です。2010年に単行本として発売されたものに加筆を加え文庫版での発売となりました。楽しむ…とは書いてありますが、実態は科学リテラシーをつけることの重要性が語られている本。ネットで氾濫するニセ情報に惑わされないためにも読んでおきたいところ。
5年前の出来事の今も書かれていますが、今起こっていることについての続編も期待したいところ。
繊細で美しい絵が多くの人の心を魅了しているようです。世界中で大絶賛されていたという絵本が邦訳されました。ドイツからアメリカに行くことを決意したネズミが設計図をかき、絵本をつくり失敗を重ねて飛行にチャレンジするという物語。ネズミの挑戦はある人に影響を及ぼして… 飛行機好きの大人にこそ手にとってもらいたい珠玉の1冊です。
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科学ものノンフィクションとして選んだつもりの『捏造の科学者』でしたが、読者は「サイエンス」としてではなく「事件もの」と捉えて読んでいた方が多かったのが印象的でした。だからこそ、ミステリ小説も併せて読まれるのかもしれません。
“売れる”ノンフィクションが少ない中、売り手としては大宅賞など各種ノンフィクション賞が市場を活性化させ、良質の書き手や書物を増やしてくれる事を期待しています。そのためにも、授賞をきっかけにこの本を手に取ってみた方に、次の1冊を提案し続けていきます。