自称「独立国家」、飛び地、消滅した国々、廃墟、立ち入り禁止区域……。世界の珍スポットを集めた本には、なんとも言えない面白さがある。マイナーな場所にまつわるマイナーな知識の数々に、知的好奇心がジワジワと刺激されるのだ。適当に開いた箇所からつまみ食いできるのも良いところ。
本書『オフ・ザ・マップ』もそうした本の1つである。「失われた」「地図にない」「誰もいない」「手出しできない」といった様々な事情をもつ38の場所が、それぞれ7ページ前後の量で取り上げられていく。
手つかずの土地があったならば、それを手に入れようとする国が現れるのは時間の問題だと思うだろう。しかし、広い世界を見渡せば意外と例外が見つかる。
スーダンとエジプトの間にある、ビル・タウィールという地域。約2000平方キロメートルほどの台形の岩石砂漠だが、現在どの国も領有権を主張していない。積極的に領有を拒否している国さえあるという。
実はスーダンもエジプトも、別の場所を欲しがっている。約21000平方キロメートルとより広く有用性も高い、紅海に面した地域、ハラーイブ・トライアングルを手に入れたいのだ。
係争地が2つ存在する場合、国際法上は一方を領有してしまうともう一方を所有できないことになっている。だから両国とも、見劣りのするビル・タウィールの方を「いらない」と言っているのだ。長い間手つかずのままのこの場所は、干ばつにより不毛と化してしまった。
背景には、イギリスによって1899年と1902年に引かれた2種類の国境線がある。どちらの国境を支持するかによって、より魅力的な地であるハラーイブ・トライアングルがスーダンのものかエジプトのものなのかが分かれるという。
このように、何かしらやっかいな事情を抱えた場所が次々に紹介されていく本書だが、実は類書に比べて少し変わった特徴がある。
本書は、魅力的な場所を数多く紹介して読者に地球の素晴らしさを知ってもらう本ではない。そうではなく、人間の場所愛を満たす目的で書いた本である。陽光あふれる幸せな村の話を読んでも、人間の場所愛は満たされない。
自然が時に怖ろしいものだと知っていても、生命は全て儚いものだと知っていても生物愛が衰えないのと同じだ。生物愛は何もかわいい子猫や子犬にだけ注がれるわけではない。場所愛もかなり激しい愛であり、暗い情熱である。
この少し異様なまえがきからも分かるように、本書には熱烈かつ若干歪んだ著者の「場所愛」が漂っている。まえがき部分8ページだけで「場所」という単語が99回も出てくる本なんて見たことがない。読んでいくうちに嫌でも「場所」という概念が刷りこまれ、意識せざるを得なくなる、不思議な引力を持つ本なのだ。
そんな著者の興味を惹いた場所には、支配する者、抗う者、奪う者、守る者、それぞれの感情が渦巻き、場所に対する人間の執着心が表れている。
イスラエルのネゲブ砂漠地帯にあるトワイル・アブ・ジャワルという村はその最もたる例だろう。かつては遊牧民として知られ、現在は定住生活を送るベドウィン族の居住地の1つである。ここにはイスラエル当局のブルドーザーが繰り返し現れ、毎回村を破壊していく。しかし、その度に彼らは簡単な建物や道路をすぐに再建してしまう。
イスラエル土地管理局の言い分によれば「どの地図にも記載はないし、法的な登録も一切なされていない」ため「そこは村ではない」のだという。1960年代からイスラエル政府はベドウィン族に関して、定住化や集中化という政策を採ってきた。だが彼らは急な都市生活になじむことができず、ベドウィン族の伝統にアイデンティティを求め、古い部族の墓地のそばに自ら村を作ることを選んだ。
村の建設は現状では違法なので、犯罪行為ではある。しかし彼らは、壊されても壊されても村を再建し続ける。あげくの果てには、壊される前に自らの手で破壊するようにもなったという。近隣の同じく未承認の村に住む者は、その胸中をこう説明する。
「たとえば、政府から派遣された人間がやってきて、3軒の家を壊そうとしたとします。その場合、私たちは彼らに言うんです。『村を混乱させたくないので、自分たちの手で壊します』と。─(中略)─ 作業が終わった頃に政府側の人間が現場に戻ってきて本当に壊されていることを確かめます。もういつ壊されるかと怯えるのには疲れました。だからもう自分たちで壊した方がいいと思ったんです」
著者は彼らの行動について、「村が自分の手の中にあることを主張する最後の手段である」と書いている。奇妙に見える行動の裏側には、並外れた場所愛、場所への執着があったのだ。
本書で描かれる場所愛にはそう簡単に理解できないものも多い。本人たちしか持ちえない強い愛着がそこにはあるのだろう。著者が彼らに向けるまなざしには、優しさと、思いやりが溢れている。地図を見るだけでは分からない、場所にまつわる物語と、そこから浮かび上がる人々の思いが書かれた本書は、ただの珍スポット集という枠にはおさまらない。「場所」というキーワードで括ったノンフィクション集、と言ってもいいだろう。
「自分が愛着を感じる場所はどこだろう?」「そもそも大して場所愛を持っていないのでは?」。読みながら、そんな問いが頭に浮かんできた。はるか遠方の地に想像をめぐらせつつ、身近な場所やお気に入りの場所についても考えさせられる。仕事、遊び、生活と、場所を選ばない場面がどんどん増えていく中で、いま一度「場所愛」を意識してみるのはいかがだろうか?