HONZ読者の方々は、読みたい本がどんどん積み上がっていく毎日を送られているかもしれない。だが、それをさらに推し進めてくれるのが書評集である『サイエンス・ブック・トラベル』だ。もちろん、書評集なんてわざわざ読まなくたってこの世には読みたい本・読むべき本はたくさんある。油断をすると、ヤツラはいくらでも積み上がっていく。
『神話の力』という神話をめぐる本の中で、いつも僕に勇気を与えてくれる一節がある。稀代の読書家であり神話の専門家であったジョーゼフ・キャンベルが「課題図書が多すぎる」と生徒から訴えかけられた時の返答だ。曰く『いや驚いたな、全部読もうとしたなんて。人生はこれからだよ。一生かけて読めばいいんだ』と。まったくもってそのとおり。開き直りではあるが、いくら積み上がろうが、一生かけて読めばいいのだ。
本書の特徴を一つあげるならまずその専門性の高さだ。一人の人間の書評集ではなく、物理学者に生物学者にジャーナリスト、果てにはSF作家までが加わってそれぞれの専門とテーマに沿ったオールタイムベスト級のオススメの科学ノンフィクションを選出してくれる。新刊に限定せず新しい本から古い本まで幅広く網羅していくのでとっくにそれ絶版だよ! などの問題はあるものの、各人の選出をぱらぱらとめくっていくだけで面白い。
構成としては第一部が地球や宇宙。第二部が生物や人間精神などの生命現象関連。第三部は科学の歴史や科学を理解することそれ自体を問いかけたような書評と人選が行われている。『この世界の究極の姿は何か?』や『人はなぜ宇宙を探るのか?』『ロボットは感情を持てるのか』などのワクワクさせるようなお題をあげ、一冊は5〜6ページ程を使って紹介し、残りの1ページで2冊を副読本のように紹介するような形式だ。
「読みたい本を探す」事が面白いのはもちろんだが、「あの人、あの立場の人はどんな本を選ぶのか」という人や肩書からの選出ロジックに注目するのも面白い。たとえば──、本書にはSF作家である藤井太洋さんも寄稿している。SF作家は本職の科学者やジャーナリストがサイエンス・ノンフィクションを選出する場であえて何を選ぶのか、というのはそれ自体が魅力的な問いかけだ。藤井太洋さんの場合、『SF小説を書くには』と題したセレクションで、よく知られているあの本が──とノンフィクションながらもネタバレになってしまうのであえて何を選出しているのかを明かすのは避けよう。
よく知っている分野については「そうきたか」と思うような選出もあれば、知らない分野については「そんなものがあったのか」と驚かされる物もあり、多様な人選から生み出されるセレクションが読書の枠を広げてくれることだろう。サイエンス・ノンフィクションを好む人は誰かしら「あ、この人知ってる」と思う人にあたるに違いない。ちなみにHONZでコラムを連載している青木薫さんも寄稿されている。
時折挟まれるコラムや中継点として挟まれるインタビュー・対談もまたもなかなか読ませるものが多い。インタビュー相手も講談社ブルーバックス出版部部長であるとか、5、6歳の子供向け絵本シリーズ『かがくのとも』編集長であるとか、書評の人選とはまた異なった部分を攻めているようだ。なかでもぐっときたのは日本科学未来館の展示企画開発課の藪本晶子さんへのインタビュー。科学の本を読むとはどういうことでしょうかという問いかけへの返答。
山登りで、視界の悪い林の仲を一生懸命登っている時も楽しいけれど、ある高さに到達して振り返った時、眼下に広がっている景色が見えた時の気持ち良さは、科学をはじめとする様々な分野の読書によって得られるものです。眺望が開ければ純粋に気持ちがいいし、今の自分の立ち位置を知り、これから先の道をどんなふうに、どの方向に歩むべきかについても、より賢い選択ができるのではないでしょうか。
こういってしまっては何だが、サイエンス・ノンフィクションを読んだところで短期的に何か良い影響が出るわけではない。宇宙のはじまり、ビッグバン宇宙論について学んだところで大半の人にとってそれは実用として使える知識ではなく、年収は上がらないし飲み屋でぺらぺらと語りだしても尊敬されるわけではない(たぶん)。
それでも宇宙の成り立ちについて「有力な仮説を知っている」ということはその人の視点を地べたから引き上げ、見ることのできる景色を一変させるものだと思う。人間社会のちっぽけな価値観から離れ、時間的にも空間的にも広い領域で物を考えられるようになること。僕はいつだって自分の世界観に変革を迫られることそれ自体を求めてサイエンス・ノンフィクションを読んでいるのだろうと、本書を読んでいくうちに改めて実感することになった。
サイエンス・ノンフィクションを巡る旅を続けていくうちに、自然と本を読み、世界の成り立ちを理解することの本質的な楽しさのようなものに接近できる一冊だ。