昨年の後半から、地方について論じる本が売れています。このブームの火付け役になったのが中公新書の『地方消滅』。発売以降順調に売れ続けていますが、今年に入ってからまた売上が加速し、関連書の発売も続いています。
以前『ヤンキー経済学』を分析した際、『ヤンキー経済学』はマイルドヤンキーには読まれていない、という結果が出てきました(想像通りではありましたが)。以降、気になっていたことがあります。「じゃあ、『地方消滅』は地方の人が読んでいるんだろうか?」
今回は、関連書の発売が相次いでいる『地方消滅』をテーマに分析をしていきます。(※HONZのレビューはこちら)
日販のPOSデータ分析システム「オープンネットワークWIN」のデータをもとに、書店1店あたりの平均販売冊数を県別に算出してみました。もちろん、店舗規模の大きな店が含まれているなど様々な事情はありますが、平均冊数を地図にしたのがこちらです。
これだけ見た限りだと、地方で読まれているか都市部で読まれているかという判別は難しいものの、東高西低の姿はくっきりと浮かび上がっています。熱心に販売をされている書店さんが牽引した岩手県が他と大きく差をつけて1位となり、その後を山形県が追います。秋田、宮城も高い数字となりました。
東北地方でこの本がこれだけ売れている事実を見ていると、東日本大震災との関係を考えずにはいられません。自分の故郷に対する思いが他地域に比べて強いのでは?地域のあり方について検討が始まっている市町村が多いのでは?など様々な事を考えさせられています。
それでは、読者クラスタを見ていきましょう。
読者の83%を男性が占めています。社会問題について書かれた新書はどれも比較的これと形の似たクラスタを形成しますが、その中でも男性率は高めという印象です。年代分布を見ると50代・60代で50%を占める結果となっています。
次に併読書です。『地方消滅』が発売された8月以降に購入された本のランキングがこちら。
RANK | 銘柄名 | 著訳者名 | 出版社 |
1 | 『地方消滅の罠』 | 山下祐介 | 筑摩書房 |
2 | 『新・戦争論』 | 池上 彰 | 文藝春秋 |
3 | 『沈みゆく大国アメリカ』 | 堤未果 | 集英社 |
4 | 『資本主義の終焉と歴史の危機』 | 水野和夫 | 集英社 |
5 | 『国家の暴走』 | 古賀茂明 | KADOKAWA |
6 | 『文藝春秋』 | 文藝春秋 | |
7 | 『里山資本主義』 | 藻谷浩介 | KADOKAWA |
8 | 『農山村は消滅しない』 | 小田切徳美 | 岩波書店 |
9 | 『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』 | 川口マーン惠美 | 講談社 |
10 | 『日本人のためのピケティ入門』 | 池田信夫 | 東洋経済新報社 |
併読書No.1は『地方消滅』への反論が書かれた『地方消滅の罠』となりました。『地方消滅』購入者の10%程度が併せ買いを行っているというのは、非常に高い比率です。様々な社会問題に興味を持っている読者の姿が見えてきますが、比較的発売の新しい『農山村は消滅しない』が入っているところからも、地方創生に対する強い興味を感じます。
ここからは、読者の最近の購入本から注目の本を紹介していきます。
併読本は新書が多くを占めていますが、その中でも建築や鉄道などインフラ関連の書籍が良く読まれている印象があります。建築関連書で注目を集めているのがこちら。人間はいつの時代も巨大・高層の建築物に憧れてきました。世界の歴史とともに建築物を振り返り、高い建物に憧れる理由を探ります。
いよいよ北陸新幹線が開業します。これに併せて出版業界は新幹線関連本の出版が活性化中。この改正ダイヤが掲載された時刻表もとても良く売れるのです。
2800㎞に及ぶ日本の新幹線網。建設により地域社会はどう変わってきたのか?そしてこれから予定されている新線は今後なにをもたらしていくのかを紹介しています。
地方はこれからどうなっていくのか、課題の多い中特効薬のような手はすぐには見つかりそうにはありません。こういう時はいっそのこと小説に答えを求めてみるのはいかがでしょう?この『限界集落株式会社』は農村地域で非常によく売れた小説の文庫版。難しい言葉はほとんど使われていませんが、今この国が直面している難しい問題が語られています。
そして何よりも、明日から出来ることを前向きに検討してみたくなる希望に満ちた作品です。私の父は、これを読んで感動したのか「俺、これをJAのヤツに読ませようと思う」と真剣に薦めて歩いていました。
40代の読者が多いのが特徴です。やはりこれから進学を迎えるお子さんをお持ちの世代なのでしょう。進学校と名門校の違いを学校現場の取材から浮き彫りにした1冊です。地方で暮らすという選択肢も増えてきている中、お子さんがいらっしゃる方にとっては、住環境に加えて将来進学する学校のことを考えるのも大事なこと。そういう視点で全国の名門校を見てみるのも良いかもしれません。
『地方消滅』が未来予測の本だとしたら、これは過去を紐解く本です。「村社会」という言葉には、ネガティブなイメージを抱く方もいらっしゃるかもしれませんが、近世社会においては村という集合体は生産力の担い手であると同時に、国を支える大事な存在でもありました。その時代の百姓の姿を見つめ直した本が読まれているのは興味深い事実ではないでしょうか。故きを温ねたら新しいアイデアが出てくるかもしれませんね。
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「地方創生コンシェルジュ」という都道府県別担当者が選任されたというニュースが流れてきました。ふるさと納税も認知度が上がってきており、田舎暮らしを提案する場も増えてきています。今年は地方創生が大きく動く一年になりそうです。
しかしいずれにしても、重要なのは“現役世代がどれだけ地方創生を担えるか”です。本の売り上げを見る限りではまだまだ若い世代の危機感や注目度は十分とは言えません。本や雑誌を若い世代に届けることで地方創生に一役買っていけたらと思っています。