第二次世界大戦後のイタリアで、フィアットを再建し、オリベッティ社の会長にをつとめたアウレリオ・ベッチェイは、人類と地球が置かれた危機的状況を憂い、ローマクラブを1970年に設立した。ローマクラブから調査の委託を受けたマサチューセッツ工科大(MIT)は研究成果を『成長の限界』というレポートにまとめ、1972年に発表した。その翌年に本の一部が現実化するかのように、オイルショックが起こり、予言の書として注目を集めた。結果、30カ国以上で翻訳され1000万部以上を超えるベストセラーとなり、成長一辺倒の世界に強烈なインパクトを与え、一方で多くの議論と誤解を生み出した。『成長の限界』の研究チームの主要メンバーの1人が本書の著者、ドネラ・メドウスである。
時代を少しさかのぼって、1950年代、MITでは、ハーバードに対抗できる新しいビジネススクールを立ち上げるために、著名なエンジニアであったジェイ・フォレスターを招聘した。そこで、ビジネスの成長や衰退、景気や在庫の循環、問題解決の成否などビジネスで起こりうるさまざまな現象について、その底流に流れるパターンとその構造を明らかにし、ビジネスで成功するための非直感的な洞察を積み重ねていった。その手法をビジネスの枠組みを超えて、社会問題や経済問題に取り組み、システム・ダイナミクスと呼ばれ、1970年代に合流したドネラ・メドウスによって名づけられた。
ドネラ・メドウスはローマクラブの執筆をはじめ、システム・ダイナミクス学派の発展に大きく貢献し、ダートマス大学にでテニュアを獲得、将来の地位を確約されていたが、突如ジャーナリストに転身した。
なぜ、安定した地位を捨て、ジャーナリストに転身したか。それはメディアに流れる情報を変えたかったからだ。積み重ねられた知識体系(メンタルモデル)のゆがみをあらため、広く現実を見ることができるようなれば、システムの優れた洞察が受け入れ、人々が長期的な視点で意志決定できる、そのためにジャーナリストに転身した。9冊の著作と800以上のエッセイを残した。彼女が書いたエッセイ「村の現状報告(State of Village report)」を原型としたインターネット・フォークロア『世界がもし100人の村だったら』はあまりにも有名だ。
1993年に完成した本書の草稿はしばらく仲間内で閲覧されていたのみで、完成させることなくこの世を去ってしまった。しかし、時が経過しても内容が古びていないことを確信した編集者により、10冊目の本として出版された。システムをモデル化し、システムを教えてきた著者のシステム思考についての知恵が凝縮されており、『世界が100人の村だったら』を読んで、その背景にある思考法に手を出してみたい人には難しすぎない本だ。
その考え方はシステムとして世界を見ることが還元主義的な思考と比較して優れているという単純な話ではなくて、前にも増してごちゃごちゃで相互に依存し合って、変化が激しい世界を理解するには、ものの見方は多いほうがいいからである。システム思考のレンズを通して見ることで、システム全体に対する直観を取り戻すことができ、部分をより理解し、相互のつながりが見えるようになり、さらにはシステムの再設計という創造的かつ勇敢な行動の足がかりにもできる、かもしれない。
複雑に入り組んだ形で世界を動かしているシステムの一般原則を理解しやすいように、冒頭の章では動物園をモチーフにして、檻のなかの動物のように分類して、紹介している。次に檻の中にいる動物がどんな特性を持っているかを個別に理解し、檻を飛び出して生態系に入り交じっているときに、動物たちがどのように互いに影響し合って生息しているかを後から考えるために、である。システムは全部つながっていると言ってしまえば、つながっていることになるため、凡人の頭では処理しきれない情報量になってしまう。それを理解できるサイズ感にバラバラにして、わかりやすい例とセットにして、読者の理解をお膳立てしてくれる。
例えば、『あんなに大きかったホッケがなぜこんなに小さくなったのか』で紹介された日本の漁獲量が減少した話は「再生可能な資源によって制約を受ける再生可能なストック」というモデルで紹介されている。石油を含む化石燃料の話題は『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?』に詳しいが、本書では、再生不可能なストックの制約を受ける再生可能なストックとしてまとめられている。細かい解説は書籍で確かめて欲しいが、この2つに共通することは採掘や漁獲の技術進化により、経済的に成り立つ状態で操業し続けることはできるが、再生可能な資源であれ、再生不可能な資源であれ、とある閾値を越えてしまえば、取り返しのつかないことになる。業界ごと崩壊してしまうかもしれないという示唆を与える。いつ起こるか?はという具体的なタイミングは予測できないが、長い目で見たときにシステムが帰結していく落とし穴を提示している。
他にもシステムが陥る落とし穴として、紹介されているモデルをいくつか抜粋した。
・ 施策への抵抗 –うまくいかない解決策-
・ 低パフォーマンスへの還流
・ 成功者はさらに成功する –競争的排除-
・ 介入者への責任転嫁
・ ルールのすり抜け
・ 間違った目標の追求
システム思考は世界規模の問題のみならず、職場や家庭など身近に起こっている問題に当てはめられる。そして、落とし穴ばかりに注目するだけではなく、すぐ側にあるチャンスにも言及している。ピンチはチャンス、地球規模の問題に社内の会議や家庭のもめ事にまで、伸縮自在な考え方として、頭の引き出しにストックしておいて損はない。
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元祖『成長の限界』の著者の一人であるヨルゲン・ランダース。21世紀の警告書としてあらためて問い直したもの。未来を考えるうえ本棚に必ず置いておきたい一冊。
ドネラ・メドウスの親友であり盟友であったピーター・センゲの出世作。システムダイナミックスから生まれた分析手法であるシステム・シンキング(システム思考)を世界に広げるきっかけとなった一冊。
悪循環を発見し、良循環を発明し、それを「駆動する」システムでサポートする、因果関係の発見が中心のシステム・ダイナミクスをさらに進化させた。マッキンゼー元日本支社長によって考え抜かれた美しい思考法。