職業柄、企業内で「エース」、「次期社長候補」と言われながら、外部環境の思わぬ変化などで社長の椅子を逃してきた人を多く見てきた。能力があっても出世は運に大きく左右される。社長にのぼりつめるにはなおさらだ。もちろん、「ひたすら頑張って仕事して社長を目指す」という選択肢もあるのかもしれないが、おふざけ気味のタイトルや表紙と対照的に著者の指摘は冷静だ。
自分がどれほどの人物なのかは、これまでの人生をちょっと振り返ればわかるはずです。目をそらしてはいけません。(中略)
8~9割の人の出世は、すぐに頭打ちします。
とはいえ、若ければすこしでも昇進したいと願うのが企業人の心。本書は若手社員がビジネス書を必死に読み込んでも意外にもそこには書いていないビジネスパーソンの心得を紹介する。誰からも愛される太鼓持ちになる生き方である。
周囲を見渡せばいるはずである。上司にへつらい気に入られ出世につなげている「太鼓持ち」が。彼らは同僚や後輩に「ポチ」、「上司の靴でも舐めるんじゃねーか」と陰で蔑まれがちであるが、著者は反論する。
「太鼓の持ち方」に問題があるからです。正しく太鼓を持てば、そして叩けば、そんなことになりません
上司を褒めて、頼って、気に入られ、転がすための実践的な35フレーズを細かな状況ごとに紹介している。この35フレーズには自明だが、合理的な根拠は一切ない。だが、歯が浮くような言葉も自信を持って言い放てば周囲の視線は嘲りから「そこまでやるか」と賞賛にかわるかもしれない。上司も正しく太鼓を叩かれ続ければ、「こいつ、かわいいやつだ」と思うかもしれない。
著者は呼びかける。自分の身の程を知り、子分であることを認めてしまえば媚びることに対しての抵抗もなくなる。今こそ太鼓を高らかに叩こうではないかと。見も蓋もないけれどもそれが企業社会の真実であるなとネタ本として読み始めたはずの本書の「はじめに」だけを読んで妙に考えさせられてしまった。
前置きが長くなったが、取り上げられているフレーズをいくつか組み合わせて使ってみたい。
新入社員にとって鬼門と言えば飲みの席である。臨場感を出すために、配属された部署の課長である土屋さん(仮名)と飲みにいったと想定しよう。「こいつはどういう奴だ、気が利くか」と厳しい土屋課長のチェックをくぐりぬけながら、どのように太鼓を鳴らすのか。
太鼓持ちとしては、乾杯直後に太鼓の音を高らかに鳴らさなければならない。
いやー土屋さんと乾杯したら、味、全然違いますね(52ページ)
変わるわけがない。ビールはビールだ。土屋課長も苦笑するしかないはずだ。その乾いた笑いが続いているうちに、畳み掛けなければならない。お絞りで顔を拭きながらボソリと呟く。じんわり沁みる太鼓を叩く。
土屋チルドレンでホントよかった~(78ページ)
杯を重ねると、間も持たなくなってくる。中高時代に憧れた著名人について土屋課長に話を振ってみよう。当然、聞き返されるので、「待ってました」とばかりに鉄板太鼓の出番である。飲み屋の隣の建物から苦情が来るほど憧れ度MAXで鳴り響かせなくてはいけない。
尾崎豊、キング・カズ、ジョン・レノン、土屋さんです(16ページ)
いくら恥じらいを捨てても、明らかに持ち上げる太鼓が続くとお互い少しばかり照れくさい。時には変化球の太鼓で興奮を伝えることも必要らしい。
土屋さんとしゃべってる時、僕いつも乳首ビンビンですもん(58ページ)
こいつは単なるおべっか野郎ではない、只者ではないという印象を植え付けて、翌日から土屋課長に一目置かれるはずだ。二人っきりで使うとマジっぽく伝わる危険もあるけれども。
別れ際には奢っていただいたことや日ごろの感謝を込めて、
恩返しするランキング1位です(196ページ)
とお別れ。「こいつ、普段、どんだけ誰からも施されていないんだよ」と土屋課長も突っ込めるほどシラフではないので上機嫌に帰宅する可能性が高い。ここでは、みんなに愛される立派な太鼓持ちになるためには「俺が1位なら2位誰だよ?」と聞かれても2位以下を発表してはいけないという。
乳首をビンビンできない新入社員には、もっと気軽に叩ける太鼓も用意されている。翌日、土屋課長に食べたことがないような昼食を御馳走になった場合。
ぬれおかき以来の衝撃です(184ページ)
太鼓を叩いている本人が褒めているのか貶しているのかもはやわからない。おそらく食事以上にフレーズが斬新であることは間違いない。
「ぬれおかき」と言って、少し怪訝な顔をされた場合は、午後の会議で土屋課長の斬新なアイデアを聞いた時に、歴史を使った太鼓で軌道修正するのもあり。
土屋さんが秀吉の横にいたら、今、首都 大阪ですよ(64ページ)
課長なのに教科書を塗り替えちゃいます。
と、もちろん、ネタ本なので若干の突っ込みどころはあるのだが、フレーズごとに会話の理想的な流れや、類語、つい使ってしまいがちな禁句、最も効果を発揮する上司のタイプから上司のタイプの見分け方まで詳細に説明している。気づくと頷きながら読んでしまっていた。「飲み会を断るのは3回に1回まで」などフレーズと関係なく納得してしまう助言も少なくない。新社会人には単なるネタ本以上の広がりが本書にはあるだろう。
ちなみに、飲み会を断る時には、カネや健康をウソの理由として挙げるのは太鼓持ちを目指す者としては危険とか。最初から「行きません」とは伝えずに焦らした挙句に
行ったら、絶対楽しくて帰りたくなくなっちゃいますもん!(108ページ)
これは今日からでも使えそうだが、「おお、じゃあ、一晩付き合うよ」と言われたら悲劇的な結末を迎えそうなので、本書で傾向と対策、会話の流れを把握してから使うべきかも。