羊齧協会。ひつじかじりきょうかい、と読むらしい。年末の忘年会で、最近SNSが羊肉で満ちている友人に教えてもらったのだが、聞いた事のある人はいるだろうか? この羊肉LOVERの団体による羊レストラン71店のガイド本を紹介しよう。
「あの日あの時あの店で もしも羊を食べなかったら 僕らはいつまでも 食わず嫌いのまま だった」という、あの主題歌のサビに似た帯の文言。タイトルからは、一定年齢以上の人はご存知、最高視聴率32.3%というあのドラマを思い出すことだろう。ちなみに放送は1991年。知っていることにため息をついた方にも、そんなの知らないよという人にも、そういうノリで編集された愉快な一冊こそ、本書なのであった。
「はじめに」の冒頭には、こうある。
羊肉料理は、日本においてはニッチでマニアックな料理と思われています。しかし世界的に見れば、羊肉は食肉としての歴史が長く、宗教的なタブーが少ないことから、牛豚鶏に勝るとも劣らないメジャーな食肉といえます。
初っ端に、他の肉への牽制がなされている。
そのまま、「牛齧(うしかじり)協会」や「豚炙(ぶたあぶり)協会」を意識した発言も続く。ネットで見る限り、牛齧や豚炙を名乗る協会が実在するのか不明なのだが、未来に誕生が予想されるライバルへのエアー牽制なのだろうか。ここで深追いはしない。というかそもそも追ってもあまり意味はなさそうだが、雑誌などで肉料理や肉専門レストランの特集を見かけることも多い昨今、肉をめぐる好みが細分化しているのはまちがいない。
ちなみに、この団体、母体は1997年に北京で設立され、2012年に現在の名称に姿を変えたようで、なんと会員数は現在500人! 本を出すために同好会を名乗っている、というような甘ったるい姿勢ではないようではある。
その情熱のままに紹介されている店は、東京周辺の60店に北京に10店、地方に1店(岩手の遠野では羊料理、ジンギスカンが人気らしい。「密かな羊肉文化圏」だそう)の合計71店。東京がメインなのでその点残念だが、この勢いだと『関西ラムストーリー』やら『日本列島ラム横断』、などといった本が出る日も近いのではなかろうか。
ガイド本を紹介するのは初めてだが、このやる気に触れて羊肉を無性に食べたくなり、私はいまこのレビューを書いている。普段そう食べないだけに、どこか、羊を食べることイコール「攻め」の姿勢の表現になる、ような気もする。気がするだけだけど。
それぞれの店の所在地や営業時間、料理内容が写真入りで、1店見開き1ページないしは2ページで簡潔に紹介されているので、いくつか拾ってみよう。
まず、日本でポピュラーな羊料理といえば、北海道のジンギスカンだろうか。なんでも赤坂には「松尾ジンギスカン まつじん」という、道内で絶大な人気を誇る店の支店があるそうな。ジンギスカンには、ラム肉を専用のタレにつけこんで焼く「滝川スタイル」と焼いてからタレをつける「札幌スタイル」がある、という知恵も読めばつく。なんの役に立つか? いまさらHONZにそれを求められても困るのであしからず。
驚いたのは、ラムでダシをとるラーメン屋さんの存在だ。後楽園の「MENSHO TOKYO」では、「ラム味噌」やら「ラムチャーシュー」なるメニューがあるそう。どんな味になるのか、興味津々だ。
そうはいっても「やっぱり火鍋」派も、多いだろう。内モンゴルで生まれて世界420店舗を持つという、渋谷の「小肥羊」の火鍋は気軽に大勢で行けそうだ。ほかにも、同じ渋谷の「老麻火鍋房」の薬膳火鍋は温まりそうで、寒いうちに出かけたいもの。牡蠣とラムの合わせ技による「大根鍋」なる新宿百人町(大久保)の「大豊収」のメニューなんぞも、体にやさしそうだ。
そういえば、紹介には「羊産地」もきっちり書かれている。ほとんどの店がニュージーランドやオーストラリア産なのだが、アイスランドの羊肉を使う世田谷・祖師ヶ谷大蔵の「チャコールグリル紅玉」の串焼きは変わり種かもしれない。旅先でアイスランドラムを食べたことがあるが、低脂肪で臭みがなく、口にしやすいものだった。
と、各店の紹介は本書を開いていただくとして、合間に挟まれるコラムで知恵をつけることもお忘れなく。種類や部位の説明に始まり、どんなお酒が合うか、羊と山羊の違い、日本での「羊」関連史、北京や遠野のお店紹介などなど続くのだった。
それにしても、出てくる地名を並べてみると、アイスランドのみならず、ペルシャ、チュニジア、スコットランド、ヨルダン、ウズベキスタン、ギリシャ、ミャンマー、ニュージーランド、アフガニスタン、アメリカ(ハンバーガーだが)、そしてシルクロード! 中国は四川や河南、延辺(朝鮮族の多い地域)、内モンゴル、ウイグルにと細分化され、インドは南北など地域ごとに分かれて、特化したお店が存在している。東京だけで、羊だけでこれだけ食べられるなんて、日本における食の多様性って、どうなっているんだろう。
羊肉への愛とともに、羊を通して世界が見えてくる。
羊年の2015年にいかがでしょう。本年もよろしくお願いいたします。