『偽装された自画像』by 出口 治明
人間と同じように、本にも「出会い頭」というものがある。シエナの至宝の1つで、ミケランジェロが感服したルネサンス最高の女性画家アンギッソーラの表紙を見た瞬間、「これは読むしかない」と観念してしまった。頁を開いてみると、とても読みやすい本で、通勤の地下鉄など移動時間中に読み終えてしまった。でも、なかなかに面白い。
本書は自画像を読み解いたものである。自画像は「演出や偽装の入り込む余地がずっと大きい」なぜなら「自分自身のことほど公平無私に見ることが難しい対象はないし、自分自身のことは、ついついうぬぼれたり卑下したりしたくなってしまうからだ」。こうして20点の名作が俎上に載せられる。
1章は15~16世紀、ルネサンスとマニエリスムの時代。5人の画家が取り上げられる。自分をメディチ家にアピールしようとしたボッティチェルリ。ローマ教皇に精一杯抗議したミケランジェロ。子孫へ思慮深くあれという教訓を残そうとしたティツィアーノ。ローマ教皇へ自分の技量を示す商品見本として描いたパルミジャニーノ。そして、師匠からの独立宣言とも解釈されるアンギッソーラ。いずれの読み解きもシンプルではあるが、とても面白い。
2章は17世紀、バロックの時代。最初はもちろん、カラヴァッジョ。ゴリアテの首に仮託された彼の自画像はどのような反省を示しているのだろうか。X線撮影によって明らかにされたルーベンスの意図。自画像の画家レンブラントは、自らと妻サスキアを放蕩息子の酒宴に偽装した。それは何故か。ベラスケスほど鏡を上手に使った画家はいない。「ラス・メニーナス」も「化粧をするヴィーナス」もそうだ。そして、最後にヤン・ステーンのどんちゃん騒ぎを持ってくるのもなかなか心憎い演出だ。
3章は18~19世紀の近代。ルーベンスの名作をなぞったルブランの強烈な自信。そして、自負と言えばクールベ。クールベの写実主義とは、「自分の周りにある現実を自分の理解するように描き出す姿勢のことを言う」。「思い込み」の人、ゴッホと自らをジャン・ヴァルジャンに見立てたゴーギャン。完璧主義者のスーラは何故、自画像を1枚も残さなかったのか。しかし、幻の自画像が実はあったのだ。その顛末が明かされる。
4章は20世紀、つまり現代。アンソール、ピカソ、スピリアルト、ブローネル、そして最後にフリーダ・カーロが取り上げられる。20世紀の自画像は、これまでの章に比べると何故か痛々しい。2つの世界大戦と絵画の強力なライバルとなった写真の影響だろうかと、ふと思ってみたりする。ともあれ、本書を読むと西洋絵画史の大きな流れがひと通りはつかめるので、入門書としても最適であろう。
出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。