DEVGRU(デブグル)という組織が存在する。一般的にはSEALチーム6と呼ばれることが多い。この組織の正式名称は、United Naval Special Warfare Development Groupだ。アメリカ海軍の特殊部隊「Navey SEALs」という精鋭部隊の中から、さらにトップクラスの男たちを選抜し、SEALsよりさらに高度な戦闘技術と厳しい戦闘訓練を日々積んでいる、対テロ戦の専門部隊だ。まさに精鋭中の精鋭といえる組織というわけだ。本著の著者、マーク・オーウェンは元デブグルの下士官だ。オサマ・ビンラディン強襲作戦「ネプチューン・スピア」ではチームリーダーを務めている。そしてその戦いはやがてオサマ・ビンラディン暗殺へと収斂されていくことになる。
本書は個人の回想録であり戦記でもある。また普段は窺い知ることのできない特殊部隊の内側を知ることのできる良質なノンフィクションでもある。著者が厳しい訓練を積んでデブグルへと駆け上がっていく様は臨場感あふれ、テロリストの拠点を夜間、襲撃するシーンでは手に汗握る戦闘シーンが描かれている。暗視ゴーグルを身に着け、待ち伏せを警戒しながら敵地へと侵入していく場面は圧巻だ。
あまり知ることのできない、SEALやデブグルの内幕を垣間見ることができるのも興味深い。例えば、SEALではスコープや固定刃のナイフ、防弾プレートといった装備品が1人につき1つずつしか支給されない。
このため、様々な作戦用途に分けて準備されている装備バックの、どれにこれらの装備が入っているかわからなくなり、派遣前に大慌てでバックをひっかきまわす、ということがよくあるのだそうだ。また身銭を切って必要な物を購入することもあるという。しかし、デブグルでは本人が申請しただけ、装備品が支給されるという。この一点だけでもデブグルという組織がいかにスペシャルかということがわかる。
だが、それ以上に目を引くのが、彼の経験がテロとの戦いでの戦術的進化の変遷そのものだという点だ。テロリストとアメリカ軍が、それぞれの生き残りをかけて最適化を試行する姿が描かれているのだ。
特殊戦闘部隊はテロリストや武装グループのアジトを夜間に急襲するのが任務だ。イラク戦争当初では、多目的装甲車で目標に乗り付ける地上部隊と、リトルバードという小型ヘリで目的地に降りる上空班とに分かれて、敵を挟み撃ちにする電撃戦が行われていた。しかし、次第にその作戦は通用しなくなる。著者が陸軍の特殊部隊デルタフォースと共同任務をこなしていた際に、ある武装グループはアメリカ軍の急襲に備え、アジトの二階部分を要塞化していた。知らずに踏み込んだ地上部隊は敵の反撃にあい人的損害を出してしまう。
著者らもヘリから急襲する予定だったのだが、偶然にもヘリの搭乗員が目標を誤り違う建物に降下してしまった。だが、そのことが著者の命を救ったという。巧妙に陣地化された狭い建物内に上階から突入すれば、戦闘のスペシャリストでも無傷で生還できたとは考えにくい。
この時は支援任務で急襲地点外周を警備していた通常部隊の装甲車に援護を要請し、25ミリ機関砲で建物をハチの巣にし、その後に熱爆風爆弾で建物ごと吹き飛ばすという大事にいたってしまった。
このためアメリカ軍特殊部隊は戦術を変更し目標の数キロ手前でヘリから降り、そこからは徒歩で敵地に隠密裏に侵入する作戦に切り替える。この方が奇襲の要素が増し、寝込みを襲うことができるからだ。
しかし、敵はさらなる適応をとげる。アメリカ軍は交戦規定により抵抗しないものを攻撃することを禁じられていた。敵はその点を巧妙についてきたのだ。彼らは襲撃されると素早く武器を隠し、無抵抗で拘束されるようになる。そして数日後には証拠不十分のために釈放され、またテロ攻撃を繰り返すのだ。苛立ちを募らせた著者は、無抵抗で拘束された武装組織のメンバーを撃ち殺したいという衝動に駆られたと、自身の気持ちを正直に吐露している。
無論、成功例もある。著者が参加した模範的な急襲作戦は本書の見せ場のひとつだ。念密な準備と状況によって、個々の隊員が状況の変化に見事なまでに対応するその姿は、以前に紹介した野中郁次郎著『史上最大の決断』の中で述べられていた、フラクタル型組織と自律分散型のアメリカ軍の長所が今も脈々と息づいていることを感じさせる。
映画『ゼロ・ダーク・サーティ』でビンラディン襲撃の場面が描かれているため、凡その流れを知っている人も多いと思う。上記の内容を読んでもらえばわかるが、ビンラディン邸急襲では、あまり得策ではないヘリによる襲撃が用いられている。このような作戦にいたった経緯や、作戦開始までに繰り広げられる、お偉方の思惑や官僚の横槍なども特殊部隊の視点で描かれている。
厳しい数週間の訓練期間。そして死と隣り合わせの戦地での任務。その後やっと訪れる1週間の休暇。任務のために家族や個人的な問題は常に後回しにされる。結果、隊員の離婚率は高い。しかし、本書を読んで彼らの生き方に魅力を感じてしまう。それはなぜだろうか?
おそらく彼らが持っている仕事への強烈な誇りと、常に技術の向上を目指し完璧を目標とするプロフェッショナルな姿勢だ。しかも、彼らは名声を求めない。将校たちはビンラディン暗殺という任務にありつき、その任務を成功させれば将軍への道が約束される。作戦を許可したオバマ大統領は政治的な名声を手にするだろう。しかし、現場で戦う著者ら下士官たちはそんなものを求めない。著者は言う「おれたちの報酬はこの仕事そのものだ。それ以外に報酬はない」と。
妥協することなく高い技術を追い求め、黙々と任務をこなしながらも、名声も名誉も求めない。彼らは間違いなく真の職人なのだ。確かにその任務は人殺しである。当然、批判もあるだろう。それでも、自分の信じた道を邁進する彼らの姿を、本書を通じて見たとき「かっこいい男たちだ」という思いが胸に湧き出てくる。この思いだけは止められない。
映画『ネイビーシールズ』より。この映画は現役のシールズ隊員を役者として起用し、実物の装備を使って撮影したという異色作。一部の銃撃戦の場面では実弾が使われている。
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