陰謀論というものは、虚妄でありまともに取り合うべきではない。普通はそう考えると思います。しかし、本書の著者で、平凡社の名物雑誌「太陽」の編集長でもあった海野弘氏は次のように書きます。「世界は謎である。世界は秘密と陰謀に満ちている。そのような世界を解読したい、はっきりと見たいと思う時」、陰謀論が必要となる、と。逆を言えば、陰謀論とは、世界をはっきりと見たい、解読したいという願望が呼び起こすものなのです。
つまり、過去に存在した陰謀論を俯瞰し、現在跋扈する陰謀論を眺めることで、これまでの、そして今の人々が、どのように世界を読み解こうとしているのか、その欲望を知ることができるのです。陰謀論なしに世界を「解読」することはできない、しかし、陰謀論をむしろ解読することで、世界を解読しようという人々の欲望を読み解くこともできるのです。
さて、実際に様々な陰謀論を読み解くのは本書のほうに委ねて、本稿ではこの本で紹介されている秘密結社の中から勝手にベスト5を挙げてご紹介したいと思います。
第5位
フリーメイソン
本書で最初に触れられる、秘密結社の超代表格。直訳すれば「自由な石工」という素朴な意味合いの組織なのですが、それが「秘密結社の原型」となっているのには理由があります。石工とは、中世に壮麗で巨大な教会建築に携わった徒弟集団であり、彼らは限りなく魔術に近い科学技術を学び、習得し、伝承させていたのです。
第4位
テンプル騎士団
フリーメイソンですら、テンプル騎士団から派生したとする説があるほど歴史の古い秘密結社。その起源は十字軍であり、名前のとおり軍事組織である。職人集団であるフリーメイソンとは対照的ですね。また、フリーメイソンがカトリックと対立的であるのに対し、テンプル騎士団は教会のための軍団であるという点も対照的です。
第3位
OTO(東方聖堂騎士団)
フリーメイソンとテンプル騎士団の影響下、とりわけテンプル騎士団に起源を持つ秘密結社の末裔の1つと言われており、インドの性魔術・タントラを取り入れた集団。ビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のジャケットに、ジョン・レノンの推薦で顔写真が使われたことでも知られる魔術師アレイスター・クロウリーが所属していたことでも有名。第一次大戦中、ニューヨークのグリニッジビレッジにクロウリーは滞在し、のちのビートやヒッピーカルチャーの起源に関わった可能性が本書では指摘されています。
第2位
ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)
「2つの大戦間の最大の陰謀、世界征服の陰謀は〈ナチズム〉である」と本書は断言しています。言語学的・人類学的な理論が癒着したものとしての「アーリア神話」が生み出した最悪の思想がナチズムなのです。ナチス親衛隊(SS)の幹部であったヒムラーは、黒魔術に傾倒し、SSの内部にアーネンエルブという研究機関を創立しました。当初はアーリア神話をドイツの伝統に結びつけるための文化研究機関だったのですが、やがて軍事的な傾向を強め、またアトランティスなどの超古代文明についての研究にも手を染めていたそうです。
第1位
サイエントロジー
第3位で触れたOTOなどで知られる20世紀最大の魔術師ことアレイスター・クロウリーの影響のもと、アメリカの西海岸で宇宙工学やドラッグ・カルチャー、SF趣味と結びついて生まれたのが現代のアメリカでも大きな勢力を誇るサイエントロジーです。トム・クルーズなどのハリウッド・スターを広告塔に使い、「危険なカルト」というイメージを覆し、宗教団体として公認されるまでに至りました。
…と、本書で紹介されている無数の秘密結社のなかから、代表的なものを大雑把に列挙してみました。これらは相互にネットワーク的といえるような結び付きをしており、本書はその関係を読み解くある種の群像劇のような、大河ドラマのような側面をもっています。
しかし、本書がきわめて興味深いのは、このようにして数々の秘密結社を紹介しながら「陰謀論」がどのような仕組みを持っているのかを追っていった結果、現在のアメリカ政府や日本の政府の発するメッセージが陰謀論的な側面を色濃く持つようになっていることが指摘されるところでしょう。「そんな馬鹿な(笑)」と思いながら、まさにそんな馬鹿げた言説が世の中に大手を振ってまかり通っていることに気付かされる。果たして馬鹿げているのは、政治的なメッセージなのか、それともそれを陰謀論的だと感じる著者の方なのか、あらためて考える必要があるでしょう。刺激的な一冊です。