『黒の文化史』by 出口 治明

2014年11月15日 印刷向け表示
黒の文化史

作者:ジョン ハーヴェイ
出版社:東洋書林
発売日:2014-07
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 ややペダンチックな本ではある。でも美術好きにはたまらないだろう。なにしろ、扉絵がダ・ヴィンチから始まるのだから。光がない光源色としての黒、光の反射率がゼロですべての波長の光を吸収する物体色としての黒、黒は生命に敵対する色とも言われるが、世界の喪服には黒と白がある。また結婚式の礼服も白と黒。本書はこのように、極めて多義的な(両極端の意味とも結びつく)黒に捧げられたオマージュである。

黒は最古の色であった。黒曜石、ラスコーの「黒い雄牛」からインドのカーリー女神に至るまで(第1章)。古典古代のアッティカの壺の黒絵から、黒い聖母へ。そして「多神教から一神教への変遷過程において、黒という色の価値も根本的に変化していく」、「神話における光と闇との広大無辺なせめぎ合いは、信仰におけるそれとまるで合致しない」から(第2章、第3章)。話はアラビアへ。カアバ神殿の「黒石」、そしてイスラームの黒はスペインを通じてヨーロッパ全域へと普及していく(第4章)。次に2人の黒い芸術家が登場する。まず、カラヴァッジオ。彼の絵には数多くの黒があるが、それは単一の価値を示しているのではなく、いわば聖と俗の両極性を表出している。カラヴァッジオの劇的照明による描法(テネブリズム)は、ルーベンスを介してネーデルラントにもたらされ、フェルメールを経てもう1人の黒い芸術家レンブラントに至るのである (第5章)。

4つの体液の1つ、黒い胆汁、すなわちメランコリー。デューラーの「メレンコリア・Ⅰ」の精緻な分析が行われる。ハムレットもミルトンもその延長線上にある(第6章)。黒人の黒。18世紀にイングランドの奴隷貿易が市場を席捲する。そして、南に行けば日に焼けるので肌が黒くなるという古代世界の(正しい)理解が、人種差別的な説明に変わっていくのである(第7章)。啓蒙主義の時代、ロココの時代の黒いファッション(第8章)。次は連合王国の黒い世紀(19世紀)。人々が好んで着た上品な黒と、産業革命から派生した工場の黒が対比される。夫君アルバート公を亡くしたヴィクトリア女王は黒い喪服で通した。そして、あのビアズリー(第9章)。

最終章、20世紀から現在に至る私たちの色は?シャネルのドレスに代表されるように、「世界中にはさまざまな色があふれているが、その頂点に君臨しているのはやはり黒」。ファッション性のある商品に関しては「黒は洗練とスタイルをとりわけ象徴する色になったのだ」。ブラックカードもそう。また写真や映画におけるモノクロ対カラーの問題。黒が突出して使われたファンタジーの傑作、トールキンの「指輪物語」。そして、バットマン。黒の物語はまだ終っていないのだ。値は張るが、これだけカラーの図象を取り込んでいればやむを得ないのだろう。読み終えたら、誰でも黒についてひとかどの話ができるに違いない。面白い本だ。

出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。  

 

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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