恥ずかしながら、30代も中盤になるまで歌舞伎を観たことがなかった。興味はあった。だが、きっかけがなかったのだ。
いや、正直に言うと、近頃はテレビドラマなどで歌舞伎役者が活躍することが多いため、先輩方から「観に行ってみないか」とお誘いを受けることもあるにはあった。だが、ハードルが高く感じられて最初の一歩を踏み出せずにいたのだ。
そういうわけで、著者である成毛眞さんから最初に「歌舞伎」というテーマが出たときも、いまだから白状すると、少し不安だった。
しかし、打ち合わせなどで、成毛さんの「歌舞伎はフェスである!」「わかろうとするのはむしろ野暮だ!」という力強いお言葉をいただいているうちに、フェス好きで、そもそも全然わかっていない自分は、もしや本書の担当にピッタリではないかと思えてきた。単純なものである。
実は、成毛さんも最初のうちは、「歌舞伎はつまらない」と感じていたのだそうだ。それが、いまでは20年超の歌舞伎ファン。その経緯については本書を読んでいただければと思うが、なぜ誰ももっと早くこの面白さを教えてくれなかったのかという気持ちはずっとあったという。
だから比較的早いうちに、この本はまだ歌舞伎を行ったことがない人、あるいは一、二度行ってつまらないと思ってしまっている人に向けたものにしようということだけは、すんなりと決まった。
そういう意味では「ビジネスマンへの」と書名に掲げているものの、本書は必ずしも「ビジネスマンだけ」に向けた本ではない。目次にも、そのことはよく表れている。
目次
第一章 忙しい現代人には歌舞伎が必要である。
第二章 知らないと恥ずかしい歌舞伎の常識
第三章 教養として押さえておきたい演目一二
第四章 歌舞伎見物をスマートに楽しむ
第五章 ビジネスに歌舞伎を役立てる
付 録 より深く歌舞伎を味わうためのブックガイド
悩んだのは、そういう人たちに果たしてどういう情報が必要かということである。そこで盛り込んだのが、後半にあるような、やや実用的な内容だ。食事はどこで食べたらよいだとか、イヤホンガイドを借りるのは恥ずかしいことではないだとか、成毛さんの経験や体験を元に書いていただいた。
前半は、少し抽象的な言い方になるが、「歌舞伎の面白がり方」のようなものが中心だろうか。本書の中にも書かれているが、読書にしろ、歌舞伎にしろ、「何かに役立てよう」という下心を持ってしまうことが一番いけない。そんな気持ちでは決して長続きしないからだ。
じゃあどうすれば長続きするかというと、自分自身がその対象を虚心坦懐に面白がる必要がある。前半には、そのためのコツが書かれていると思っていただければいい。
面白がり続けていれば、いつしか何かに役立つのを実感する日がくるかもしれない。そういう意味では、歌舞伎の効能は、漢方薬のそれと似ている。すぐには実感できなくても、あとからじわじわ効いてくるというわけだ。
それは、本文中の次の言葉に象徴的に表れていると思う。
一年に一回、嫌々でも三十代から観ておけば六十代になったとき、若かったころの自分に感謝することであろう。
師匠、私もこの言葉を胸に刻んでこれからも歌舞伎を観続けたいと思います。
料理、園芸テキストの編集部を経て、2012年より現職。主に新書を担当。