『ニッポン景観論』by 出口 治明
人間誰しも、自分のことは実はよく分からない。第3者の目を通して、初めて自分のことがよく分かる。本書は、日本をこよなく愛するアメリカ人が、日本の景観を「国際的な目線」で、縦横に論じたものである。指摘が全て的確で痛快極まりなく、またそれだけに読み終えて、とても恥ずかしくなった。
日本で暮らしているとなかなか気がつかないが、「日本は電線・鉄塔の無法地帯」である(第1章)。加えて大小無数の看板。著者は鋭く指摘する。「ゴタゴタと見苦しい看板だらけの環境になると、その場所に対する尊敬の念が生まれないので、人は粗雑な行動を取ってしまいます。『ゴタゴタに入れば、ゴタゴタに従え』という法則が発動してしまうのです」と。だから、余計に看板で細かく指導しないと、という悪循環に陥るのだろう(第2章)。
そして、山も谷も海もコンクリートのオンパレード。「環境に配慮して、簡素で周囲に溶け込む」土木工事ではなく、「いかに奇抜なデザインで歴史や自然を圧倒しているか」ではないかと著者は皮肉る。旧建設省制定のユートピア・ソングがあることも全く知らなかった。「山も谷間もアスファルト ランラン ランラン ランラランラン ランラン 素敵なユートピア」これは冗談ではなく事実である(第3章)。
建築、モニュメントについても、著者の筆は冴え渡る。門司港レトロ地区にイタリア人が設計したホテルと日本の建築家が作ったタワーマンション(P92~94)の写真を載せる。どちらが醜いか一目瞭然、まさに百聞は一見に如かずだ。白洲正子の自宅の玄関に飾ってあった短冊には「犬馬難鬼魅易(ケンバムズカシキミヤスシ)」とあった。電線埋設、看板規制、歴史的な町並みの保存など犬馬、つまり地味なことには目が向けられず、その代わり奇抜なハコモノ(鬼)は、どんどん建てられる(第4章)。
ブルーシートや街路樹の枝落しに象徴される工業モード。P114とP115の写真をぜひ見比べてほしい(第5章)。日本のスローガンは「逆説的道徳論」で考えると理解しやすい。「近辺の自然が粗末に扱われ、歴史的町並みが壊されて、唯一残った『○○文化会館』が、その地域には文化がないということを証明」している、と著者は喝破する(第6章)。古いものは恥ずかしい、では町へのプライドはどこへ行ったのか(第7章)。
観光テクノロジーを論じた第8章(国土の大掃除)は圧巻だ。例えば、黙ってP172~173、P178~179、P180を開いていくつかの合成写真を眺めてほしい。ここに著者の主張の全てが込められている。「明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)、「日本は長年必死に『文明』と『発展』を求めて、山と川をコンクリートで埋め、古い町を恥だと思って壊し、(中略)しかし日本は『光る珠』として、美しい自然と文化的なたたずまいを、初めから掌の中に持っていたのです」「それを再確認することが、これからの課題です」。今ならまだ間に合うかも知れない。
出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。