『つながりっぱなしの日常を生きる』-翻訳者の自腹ワンコイン広告「ネットって、本当に悪いの?」SNS利用実態から見えるアメリカの今、日本の明後日
アメリカのティーン、すなわち13歳から19歳までの少年少女たちは、ネットをどのように利用しているのだろうか。携帯電話およびスマートフォンの普及、またFacebookやTwitterなどのSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の流行によって、青春時代はどう変わったのだろうか。
これまで長きにわたってネットと社会の関わりについての研究を続けてきたダナ・ボイドは、初の一般向け単著『つながりっぱなしの日常を生きる:ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』で、18州の166人を対象にしたインタビュー調査をもとに、ネットに残された痕跡、報道、調査機関や行政の記録など様々な資料を参照しながら、今日を生きる若者たちの姿をいきいきと描き出してみせる。
ボイドはマイクロソフト・リサーチで首席研究員を務めるほか、ハーバード、ニューヨーク大学など名だたる教育・研究機関に在籍し、ソーシャルメディア研究の第一人者として知られている女性。プロフィールでは「私の世界のバズワード」として、「プライバシー、コンテクスト(文脈)、若者文化、ソーシャルメディア、ビッグデータ」を挙げている。
90年代に青春を過ごし、「私自身、10代の時間をオンライン活動に費やしてきた、ネットを利用するティーンの第一世代だ」と語る彼女は、「ネットの無い子ども時代」の記憶があり、なおかつネットによって自分の世界がぐんと広がってゆく喜びのこともよく知っているのだろう。彼女は「ネットは危険」とやみくもに恐怖を煽る言説をたしなめると同時に、「デジタルネイティヴ」に対して大人たちが抱いている大雑把な期待に警鐘を鳴らしている。
大人たちはネットがいじめや性犯罪などの問題の温床となっているとして規制を導入しようとするが、そうした際に当事者である若者たちの意見を聞き、個々の事情を汲み取ろうとする努力が足りていないとボイドは指摘する。そこで彼女は、ネットと若者に関する様々な「神話」がいかに作りあげられてきたのかを追い、思い込みを解除して若者たちの立場から考えるよう大人たちに呼びかける。
ここで紹介されるティーンたちの生の声がやはり面白く、今日のアメリカ社会への理解が深まると同時に、自分が10代だった頃の気持ちが蘇ってくる。大人があたりまえのものとして享受している自由を、若者がいかに切望しているか。ハラハラ、ドキドキ、ヒリヒリする感覚を呼び起こす事例の数々は、とても現代的であると同時に、国も時代も超える若者の普遍性を伝えるものだ。
たとえば、SNS上で大量のメッセージや写真をやりとりしている若者たちは、大人の目にはプライバシーを放棄しているように見えるかもしれないが、彼らには彼らの考えがある。私生活をより深く詮索されるのを防ぐために、あえて自分から少しだけ情報を出す戦略を取る場合もある。
アイドルグループ「ワン・ダイレクション」のファンのある女の子は、複数のSNSサイトのアカウントを学校の友達用とファン仲間用とで使い分けているが、別々のはずのコミュニティはときに絡み合う。若者の多くは「ウィキペディアを信用してはいけない」と学校の先生に教えられているが、その一方でグーグルの検索結果の信頼性を疑おうとしない。かと思えば、既存の市民運動から離れたところで、ネットを活用して大規模な政治的アクションを組織する若者たちも出現している。
こうした具体的なエピソードから、ネット利用の普及に伴って何が問題となっているのかが整理される。当然、アメリカの若者たちが直面している厳しい現実に胸が痛む話も多いが、ボイドは自分より上の世代と下の世代をつなごうという意志と、ネットの可能性への信頼をもって、希望のありかを探そうとしている。
何か問題が起こったとき、すぐに「ネットが悪い」とされてしまう傾向があるが、現実世界で貧困や暴力や差別が根絶されない限りオンライン空間も平和で安全な場所になることはないという彼女の主張は、日本に暮らす人々にも納得できるものだろう。若者そして社会全体の幸福のために大人は何ができるのか。それを考えるにあたって、若者たちの現場に取材した貴重な視座を提供する一冊だ。