『おだまり、ローズ』by 出口 治明

2014年9月26日 印刷向け表示
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おだまり、ローズ: 子爵夫人付きメイドの回想

作者:ロジーナ ハリソン
出版社:白水社
発売日:2014-08-12
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とても面白い本だ。「事実は小説より奇なり」という格言が本当によく実感できる。ロンドンに駐在していた時、日本から賓客が来られたら、よくクリヴデンにお連れしたものだ。ヒースロー空港に近く、豪華で典型的な貴族のカントリーハウスであったからである。現在はナショナルトラストが保有しているが、最後のオーナーがアスター卿であった。本書はそのアスター家の子爵夫人に仕えたメイドの回想録である。

アスター家は、連合王国の貴族ではない。アメリカで財を成し(ニューヨークのウォルドーフ・アストリア・ホテルはアスター家が創ったもの)、連合王国に渡って、子爵の地位を得た。著者が仕えたレディ・アスターもアメリカ生まれ、アメリカ育ちの「型破りな」貴婦人である。対するメイド(著者)は、強情とされる生粋のヨークシャー娘。さて、この2人の対決はどうなるのだろうか。

少しばかりの高給につられてレディ・アスターに仕えることになったローズ(著者)は度肝を抜かれる。これまでに仕えた貴婦人とはまったく異なり、レディ・アスターは我儘一杯のじゃじゃ馬であったのだ。ローズはあやうくメンタルを病みそうになる。しかし、自分の子供時代や故郷の村を思い出し、我に返ったローズは「間違っていたのは、反論せずにいたこと」だと気づく(ビジネスパーソンにも応用できそうだ)。その後の35年間は、2人の戦いあるいはゲームになっていく。そして「勝負は最後までつかずじまいでした」。

登場人物もそれぞれに興味深い。紳士を絵に描いたようなアスター卿。「真に偉大な人物は権限を人にゆだねる度量を持っています」。有能な家令のリー氏。ふと、カズオ・イシグロのスティーブンスを思い出した(「日の名残り」)。それからそれぞれに個性的なアスター家の子どもたち。また時と場所にも事欠かない。なにしろ、クリヴデンは連合王国をゆるがしたあの有名な大スキャンダル、プロヒューモ事件の舞台でもあったのだから。(ローズはこのスキャンダルを、老いたレディ・アスターに隠し果せることに成功した。)ローズはレディ・アスターのお伴で世界を旅する。ヨーロッパの各王室の宮殿での生活などが垣間見られて興味をそそる。また戦時下のアスター家の仕事振りや暮らし振りにも目を引かされる。ローズはすばらしい品位とエスプリを保っていて、アスター家を巡る生々しい人間ドラマを率直に描きながらも暴露趣味的なところが微塵もないことに感心させられる。さすが、ヨークシャー娘。

ローズは、結局のところ、レディ・アスターの最期を看取るまで35年仕えて人生を全うする。題名の「おだまり、ローズ」はレディ・アスターがローズに言い包められた時の自己弁護的な常套文句であった。「この世で一番の望みはなんだい、ローズ?」というレディ・アスターの問いにローズは答える。「もう一度、同じ人生を生きることです」。すばらしいローズの人生。ここには間違いなくドラマチックで感動的な連合王国の美しい夕日が見られる。

出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。 

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