はじまりはいつも研究所や大学の研究室といった仕事場に出向き、打合せをする。内容はほぼ執筆の依頼で、初対面である場合が多い。その際、私は事前に相手の方について下調べをほとんどしない。他の人から聞いたイメージをもって話をすることを避けたいからだ。なので、お目にかかるときには不安と期待でドキドキする。それは何度経験しても、相手がどんな方であろうとも同じで、ここで紹介するフィールドの生物学シリーズの著者についてもそうだった。
ところで私は創刊時から本企画に携わってきたが、そもそもこのシリーズは、私のボスIと著者との話からはじまったものだ。宣伝チラシには「研究者が自身の体験談をふまえ、その楽しさ、苦労、醍醐味など研究者でしか得られない自然界やフィールドの魅力を伝えていくシリーズで、この本を読んで、自然とそこに棲む生きものたちに興味をもち、将来、私たちの後継者となってくれることを期待します。(著者を代表して:松浦啓一/国立科学博物館)」とあり、若手研究者を対象としている。
2009年11月にスタートし、5年が経過した現在14冊が刊行されている。クマにモグラ、サイチョウ、ハムシ、テングザル、腕足動物と多種多様な生きものが取りあげられ、今後もクマムシ、フジツボ、ムシコブなどが控えている。ちなみに売行きベスト3は『孤独なバッタが群れるとき』(前野ウルド浩太郎 著)、『アリの巣をめぐる冒険』(丸山宗利 著)、『右利きのヘビ仮説』(細 将貴 著)だ。
さて、ここからは 最新刊2冊について一編集者の視点から、著者とのやりとりの一端を「フィールドの生物学の裏側」として紹介する。
まず、第13巻の『イマドキの動物ジャコウネコ』である。著者の中島啓裕先生は本企画対象のど真ん中の80年代生まれの研究者だ。東南・南アジアに生息し、小型で、夜行性、肉食目でありながら、じつは果実食という謎の多い動物で、一般には麝香やコーヒーのコピ・ルアクの主として有名なこの生きものを研究対象としている。中島先生とは別の本の著者から推薦いただいたのが縁で、執筆をお願いすることになった。
また、こちらから執筆の要項を説明するなかで、いくつか細かい部分の質問をうけた。ここまで突っ込んだ話ができることは少なく、これは大いに期待できると帰りの電車中でひとりごちた。イマドキ?の野生動物ジャコウネコについて語る内容については本書の中でお楽しみいただきたい。
つぎに第14巻の『裏山の奇人』である。専門書でありながら発売前にすでに話題になっていた本である。こんなことはこれまでに経験がない。もしかしたら先に挙げたベスト3を抜きさってしまうかもしれない、そんな勢いである。(※HONZのレビューはこちら)
さて、この話題の主、小松 貴先生であるが、 すでに別の本(『アリの巣の生きもの図鑑』)の共著者としてお付き合いがあった。ただし、正直なとこと何名かいる著者のなかでも引き立つ存在ではなかった。じつにおとなしく、失礼ながら研究者として生き残っていけるのだろうかと思っていた。それからすこし時間がたち、2013年4月東京ビックサイトで開催されたニコニコ学会β「むしむし生放送」で再び小松先生にお会した。そこで4名の登壇者の一人として登場されたのだが、その服装はハリーポッタよろしく魔法使いの姿(変身)だった。それぞれ個性豊かな講演者のなかでも異彩をはなっていた。とりあえずつかみはOKというところだろか。
ただ肝心なのは講演である。しかし、そんな心配も後悔させるようなエンターテイメントに富んだ観客を終始飽きさせることのない講演だった。こちらが本当の顔で、人見知りがちな姿はよそゆき?の顔なのかもしれないと、私は感じた。本当のところはまだわかないでいるが、本のなかでは奇人と称して自身のうちに秘めた思いが描かれているので、ぜひ、そのあたりも注目してもらいたい。
なお、最新刊の刊行に合わせて小冊子「Discoveries in Field Work Series+(フィールドの生物学プラス)」を作成した。内容は本シリーズの著者の方々に、自身の推奨する自然科学書・人文書・文芸書に音楽を選んでいただき、紹介したもので、研究者たちがどんな本に影響をうけ、どんな音楽を聴いてきたのかが窺える。とても興味深い内容になっている。本来、都内他の大型書店店頭(現在)のみで本とともに手にすることが出来るものなのだが、特別にWEB版をこちらにも掲載しておきたい。
広島生まれ、カープファン。フィールドの生物学シリーズの他では、吉田 武先生の「新装版オイラーの贈物」「素数夜曲」など、おもに理工系の書籍を担当。