宇宙を知るには、望遠鏡をのぞき、古生物を知るには、顕微鏡をのぞく。プレートテクニクス、または地球温暖化について知るには、私は何を理解すれば良いのだろう。自然科学は、理解に達すればロマンチックだが、それまでの過程が難しくて、なかなか進まない。特に、宇宙は物理や化学が大の苦手な私には手の届かない場所だった。
でも本書を読んで、宇宙のビッグバンについて、はじめて理解出来た気がした。ビックバンで生まれた様々な原子が私の体を作っている。そのなかの電子の取引が、エネルギーを生み出し、分子同士を結合させているからだ。そういう意味で、ビッグバンと私たちの体は多いに関係している。『あなたのなかの宇宙』を見つけるには、天文学、古生物学、解剖学、地質学、遺伝学等、一気に視野を広げ、好奇心の赴くままに本書を読むのがいちばんだ。
副題は、「生物の体に記された宇宙全史」である。137億年前のビッグバンから、太陽系、月、地球の形成が、私たち体を構成する器官、細胞、遺伝子にどのような影響を及ぼしたのか、時間の流れに沿って追っていく。著者のニール・シュービンは、古生物学者として、世界中の化石を拾いに行くのだが、本書には著者の溢れんばかりの興奮と感動が詰まっている。そうそう、地球や生物の謎を解き明かすなんて、なんてロマンチックな冒険なんだ!
では、20世紀初頭に戻って、誰もが抱いていた疑問について考えてみよう。「宇宙はどれくらい大きいのだろう?」当時、天の川、つまり地球が含まれている銀河が宇宙のすべてと考えられていた。この世界観を一気に飛躍させたのは、当時家政婦兼、計算担当を任されていた女性集団である。(デジタル・コンピュータが普及していなかったため、計算や分析はすべて手作業で行っていた。)
彼女たちは、恒星のなかに、数ヶ月の周期で明るさが変化するものがいくつかあり、変化の周期と実際の恒星の明るさが比例していることを発見する。光速はどう測定しても一定であるため、恒星の実際の明るさと見かけの明るさの情報を組み合わせると、恒星の地球からの距離が推測できることが分かった。この宇宙の距離を測るものさしを使って、専門家たちはただちに星と星の距離を測定し、結果、恒星どうしの距離は銀河を越えて、途方もなく長いことが判明した。この発見が天文学の状況を一変させる。
アメリカの天文学者、エドウィン・ハッブルは、アンドロメダ星雲のなかに変光星を発見した。宇宙のものさしで測定してみると、なんと、その星のみならず、それが含まれている星雲全体が、それまでに測定された何よりも、地球から遠いところにあったのだ。実は、アンドロメダ星雲は、星雲なんかではなく、銀河であった。この驚くべき発見が与えたショックを想像を絶することだろう。私たちが属している銀河が宇宙の全体像と認識されていた時代、気づいたら空は銀河だらけになっていたのである。地球なんぞ、無数の銀河で構成される広大な宇宙の、ちっぽけな点でしかなかったのだ。
そしてハッブルは、新たな宇宙のものさしを発見する。それは光の性質を利用したもので、地球から遠ざかる光源から放出された光は赤く見え、近づいてくる光源の色は青く見える。そして、恒星はすべて赤色だった。これが意味することはひとつしかない。天体の物体はすべて、地球から遠ざかっている、つまり、宇宙は膨張しているのだ。しかも、でたらめに膨張しているのではなく、ある一点を基準にして膨張していた。ここから、ビッグバンへと発想が移っていく。
これほどの大発見を現在進行形で体験出来る人は、どれほど幸せだろうか。もしかしたら、宇宙の人間原理もエピジェネティクスもこれに匹敵する大発見だったりして。そう考えると、自然科学の知識を普段から蓄えておくことが、その幸せを享受することの出来る条件であるようだ。そのような意気込みと、様々な分野を越えて、お互いにどのように影響し合っているのか、想像する姿勢を、本書は与えてくれる。
第2章以降、宇宙の進化、太陽系の形成、地球と月の形成、地球上での生物進化へと物語は続いていく。原子の世界は、3つの元素から一体どのように進化していったのだろう? 太古の時代、地球で何が起こっていたのだろう? 最初の生物はどのような姿をしていたのだろう? それぞれの時代で活躍した人々の肖像を追いかけながら、宇宙と私たちの体の関係性を理解出来る。きっと、本書を読み終わったあと、世界を見る目が少し変わっているだろう。
何度読んでも、新たな発見がある、必ず手元に置いてある一冊です。
著者の前著。表紙にいる腕立て伏せをするキュートな魚はティクターリク。