『紙つなげ!』2014年上半期最高の社会派感動ノンフィクション

2014年6月24日 印刷向け表示
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紙つなげ!  彼らが本の紙を造っている

作者:佐々 涼子
出版社:早川書房
発売日:2014-06-20
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「この工場が死んだら、日本の出版は終わる・・・」

こんな帯が巻かれた本を書店で見て、手に取らずに店頭を通り過ぎることができる本好きは少ないであろう。その工場とは一体どこにあるのか。なぜ日本の出版は終わってしまうのか。そしていまだに日本の出版は終わっていない理由とは。表紙には巨大なマシンと誇らしげな人々と千羽鶴。

ひさしぶりに読みはじめる前から身が引き締まる思いがする。これは2011年3月11日壊滅的な打撃を受けた日本製紙石巻工場再生の物語である。

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹(文藝春秋)
『永遠の0』百田尚樹(講談社文庫)
『天地明察』沖方丁(角川文庫)
『ロスジェネの逆襲』池井戸潤(ダイヤモンド社)
『ONE PIECE』尾田栄一郎(集英社)

これらの本に使われている印刷用紙はすべて日本製紙石巻工場で作られていた。担当していたのは8号抄紙機といわれるマシンだ。全長111メートルの巨大メカなのだが、全長292メートルの最新鋭機N6抄紙機と比べると小ぶりだ。それもそのはず、8号抄紙機は1970年に稼働開始した、いわば中年マシンだったのだ。

ちなみに2007年に稼働開始したN6抄紙機の場合、8.5メートル幅の紙を作るのだが、その最大スピードはなんと時速108キロメートル。巻き取られる紙の長さは200キロメートルにもなる。総工費はスカイツリーに匹敵する650億円。津波による打撃を受けた直後、石巻工場が再稼働を検討したのはこの最新鋭機N6抄紙機だったという。

しかし、日本製紙が会社として最終的に決断したのは中年マシン8号抄紙機の再生だった。日本の出版を終わらせるな。「紙つなげ!」という意思決定をしたのだ。日本の出版界が救われた瞬間だった。

あの日の石巻の映像はいまでも目に焼き付いている。2014年5月31日現在、石巻市が確認している直接死者数は3270名。間接死者数と行方不明数の合計は689名。かくも甚大な災害に襲われてからわずか6ヶ月後の2011年9月14日、8号抄紙機は再稼働を果たした。日本製紙石巻工場だけでなく、石巻復興の旗印になった。

さかのぼって被災直後の3月14日、倉田工場長が工場構内で見たものは、流れ着いてきた18軒もの民家、無数のコンテナや自動車、建屋にはトラックが何台も突き刺さっていたという。11000台のモーターが使われていたが、そのうち7000台弱が塩水に浸かってしまっていた。6万6千ボルトの特別高圧電線は跡形もなくなっていた。そしてなによりも、工場内外のすべての人々が被災者だった。

自分たちが生き抜くだけでも困難を極めるなか、工場構内を覆う巨大な瓦礫をかたづけ、膨大な泥を手作業で掻きだした。初夏になっても片付かず、遺体が発見されることもあったという。じっさい石巻工場構内だけで41体もの遺体が発見されている。

本書は本好きだけでなく、作家、編集者、書店員などすべての出版関係者が読んでおくべき一冊かもしれない。都市生活者の日常風景にはない、地方で黙々と紙を作る人々の努力になんとか報いなければならないとつくづく思う。一方で、日常性を回復することが復興の一里塚だとしたら、このような巨大工場の再稼働は、地域にとって大きな希望になったのではないかとも想像を膨らます。

ところで、本書は8号抄紙機の再稼働だけを語るという一本調子のノンフィクションではない。全体の3分の2ほど貪るように読み進むと、なんと野球の話題が登場するのだ。じつは日本製紙石巻工場野球部創立25年の2010年、野球部は創部以来初の都市対抗野球本戦出場を果たした。12000人の応援団を引き連れて東京ドームに乗り込んだのだ。その1年後の災厄で練習どころではなくなった野球部の運命については本書を読んでいただくしかない。

本書には本文ページはもちろん、口絵ページ、カバー、帯もすべて日本製紙製の紙が使用されている。本文と口絵は8号抄紙機が作り出した紙である。8号抄紙機のボスである佐藤憲昭さんによれば、このマシンにはクセがあり、製本されたあとでも紙を見るだけでわかるのだという。この巨大マシンたちはじつは人格を持つのではないかと思われるようなところもあるのだが、それも本書を読んでのお楽しみである。表紙の千羽鶴がヒントになるかもしれない。

著者は被災地の目を背けたくなる実態についても、見たまま聞いたままに記述している。これまでタブーとされていたダークサイドの現実もさらっと読者に伝えてくる。この未曾有の大震災の発生直後には、情に訴えるという伝え方こそ必要だったと思う。被災者それぞれの被災実態や、その後のいずまいについても、日本人全体が共に痛みを感じるために知るべきことだ。しかし、そろそろ本書のような、会社という組織がいつどのような決定をして、社員たちがどう取り組んだのかという視点も必要になってきているのかもしれない。

本書を2014年上半期最高の社会派感動ノンフィクションとしておススメする所以である。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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