「8号が止まるときは、この国の出版が倒れる時です」
本を読む人なら絶対に見過ごせない、こんな刺激的なプロローグから本書は始まります。
(※8号=石巻工場で出版用紙を生産している巨大抄紙機)
宮城県石巻市にある日本製紙石巻工場は、日本の出版用紙の4割を生産している日本製紙の、主力工場です。東日本大震災の津波で、その機能は完全に停止。従業員でさえ「工場は死んだ」「日本製紙は石巻を捨てる」と口にするほどでした。
けれど、石巻のため、出版社のため、そして本を待っている読者のために、彼らは力を尽くしました。本書は、震災の絶望から、奇跡の復興までを描いた傑作ノンフィクションです。
著者は『エンジェルフライト』で第10回開高健ノンフィクション賞を受けた佐々涼子さん。この本の取材を「忘れ物を探しにいくような旅だった」と言っていました。
2011年3月。当時、連載していた雑誌の編集者から、
「佐々さん。今、社内で紙がないって大騒ぎしてます。石巻に大きな製紙工場があって、そこが壊滅状態らしいの。うちの雑誌も、ページを減らさないといけないかもしれません。佐々さんは東北で紙が造られてるって知ってました?」と聞かれて、首を振ります。
「これだけ紙を使って商売しているのに、不足してみないと、何も知らないことにすら気づけないなんてね。『電子書籍じゃなくて、やっぱり紙だよね』なんて偉そうなこと言っていても、その紙がどこで作られているのか知らないんだもの」
そしてこう感じだそうです。
「出版に携わる者として、恥ずべきことだった」
あれから3年。気づけばなんとなく元の生活に戻り、頭のスミに追いやられていた「本の紙」。取材で石巻に行き、工場の従業員たちの話を聞くことは、まさに佐々さんにとっての忘れ物探しだったのです。
少し個人的な話をすると、私と佐々さんが初めて会ったのは、7年以上前。そのとき私は、佐々さんの企画を形にすることができませんでした。今回の本は、私にとっても、7年越しの忘れ物を見つける旅となりました。
さて、停止した8号マシンを再稼働するため、さまざまな職人たちが、自分のやるべきことをギリギリのスケジュールで成し遂げていく様子を、ある従業員は「駅伝のたすきリレーのようだった」と例えました。
食料を入手するのも容易ではなく、電気もガスも水道も復旧していない状態から、紙を私たちに届けるため、彼らは本当に本当に必死の努力をして、工場を復興しました。
著者の佐々さんは、徹底的な取材で彼らの生きざまを記録し、それが今、こうして本になり、書店に並んでいます。
これは、石巻工場から手渡されたたすきを、佐々さんが受け取り、そのたすきを佐々さんが早川書房に手渡し、それを受け取った早川書房が全国の書店につないだ、まさにたすきリレーなのです。
このたすきが、どこにつながるのか。それは、この本を読めばわかるはずです。
最後に一つ、編集者として私はこの本の最後に、ある「名前」を入れました。普段は入れませんし、それを見ても、誰も気に留めないでしょう。でも、この本には、絶対に欠かせない名前です。本書の272ページを見てください。
読み終えた人だけ、きっと気づいてもらえる、そして、この本をもう一度めくりたくなる、そんな想いを込めました。いつもと違う読書体験になってくれれば、私はとてもうれしい。