著者インタビュー『生命誕生』 中沢 弘基氏なぜ生まれたのか? なぜ進化したのか? 科学史上最大の謎が今解き明かされようとしている

2014年6月4日 印刷向け表示
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生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像 (講談社現代新書)

作者:中沢 弘基
出版社:講談社
発売日:2014-05-16
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『生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像』の著者 中沢弘基 日本地球惑星科学連合フェロー

–『生命誕生』と書名にあるとおり、本作は生命の起源に迫った刺激的な作品ですね。このような壮大なテーマの研究を始めた動機についてお聞かせください。

中沢:動機といえるものではありませんが、きっかけは青年期に抱いた“生命の起源”への疑問だったかも知れません。直接的な契機となったのは、勤務先の研究所に、一組織を立ち上げる機会を得たことでした。

研究所というのは以前の無機材質研究所(現、物質・材料研究機構)のことです。特定の無機物質の性質を詳細に研究して新しい素材を創出することを任務とする国立研究所で、15の研究グループで組織されていました。例えば「炭化ケイ素(SiC)グループ」とか「ダイアモンド(C)グループ」とかで、それぞれは5年間の期限付きで研究して、5年経つと報告書を作って解散します。再編成される新しい研究グループのテーマは所内に公募され、所員であれば誰でも提案できました。新テーマは、所内外の何回かの審査を経て決定されて、「閣議決定」や「国会承認」によって正式に発足するシステムでした。

当時研究者として一定の地歩を得て、これまでとは違う「面白い研究」をしたいと考えていましたので、身近にあってよく知ってるようですが、実は良くはわかっていない粘土の鉱物を研究対象にすることを提案しました。粘土の主成分でモンモリロナイトと呼ばれる鉱物です。火山灰が風化してできる普通の鉱物ですが、無機の鉱物でありながら有機高分子と似た性質もあるのです。そんな面白い物質ですが、水に分散すると泥水になって沈殿しないほど微細で、そのため、構造や性質の詳細は分かっていませんでした。その詳細を明らかにすること、それと、粘土を使って“地球に優しい”新素材を開発することを試みようと考えたのです。  

これらの目標はもちろん挑戦的で魅力ある研究目標ですが、モンモリロナイトを“面白い”と思った背景には、もう一つ別の、深層心理のように記憶の底に沈んでいた青年期の自学自習の影響がありました。「原始的な酵素の機能は粘土鉱物モンモリロナイトが果たしていた」とのJ.D.バナールの言です(『生命の起源、その物理学的基礎』J.D.バナール、山口・鎮目訳、岩波新書、1952)。生命の起源に興味を持った青年期に、オパーリンやシュレーディンガーやバナールなどの名著を読んで学習しましたが、それらの「青春の書」は、その後の研究生活の中でずっと忘れていました。研究人生の後半に差しかかって、「面白い」研究テーマを探す中で、意識下のそれらがうごめいたのです。モンモリロナイトを研究することで生命起源の謎に挑戦できるかも知れない、と感じたのです。

ですから、「生命誕生」にかかわる研究をはじめた“動機”は?との御質問には、記憶の底に沈んでいた“青春の書”、すなわち青年期の疑問だったとお答えしたわけです。新組織の立ち上げは、動機ではなく、契機でした。

–単刀直入にうかがいます。科学で「生命起源の謎」を解明できるのでしょうか?

中沢:もちろん、できると思います。それが何時か、を予測することはできませんが、なぜ生命が発生するか、の物理的理由がわかり、生命が発生した頃の地球環境の解明が進み、物質科学で自己組織化の研究が進み、さらに万能細胞の研究など生命機能の開始のメカニズムが医学・生命科学分野でわかるようになれば、謎が謎でなくなる日は遠くないと思っています。

–キリスト教をはじめとして、生命は神によって創造されたと信じる人が少なくありませんが、こうした考え方について中沢先生はどのような感想をお持ちですか?

中沢:インテリジェント・デザイン論ですね。生命の起源をはじめ、宇宙や自然界の複雑な構造や機構など、「なぜそうなるのか?」、現在の科学では完全に説明できないことが多いので、神のような超自然の何かが、意図や構想をもって創造したと考える人たちがいることは承知しています。現在の科学で説明できないことは、もちろんたくさんあります。しかし、だからと言って将来にわたって説明できないわけではありませんから、いま説明できないことを根拠に、超自然の何かの意図があると考えるのは思考の短絡だと思っています。本書の中では、おなじような理屈でパンスペルミア説(生命の宇宙起源論)を否定しました。

進化論で言えば、「なぜ生物は進化するのか?」と言う疑問に、これまでの進化論は答えてきませんでしたので、この精緻なメカニズムは「神か神のような超自然の意図」の事例の一つと言われています。でも、自著宣伝になって恐縮ですが、本書では進化する理由を、「地球エントロピーの低減」と言う物理現象ではっきり説明できました。神の意図がなくても、地球が熱を放出してエントロピーが減少する限り、生物や生物界はより複雑な構造に進化しなければならない物理的必然性があるのです。進化は、地球が熱を放出し切るか、あるいは太陽が膨張して地球の熱が放出できなくなる時まで続くでしょう。超自然現象と見えるのは科学の未熟のせいだと考えるのが科学の立場だと思っています。

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