『同期する世界』 ここにも あそこにも

2014年5月29日 印刷向け表示
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非線形科学 同期する世界 (集英社新書)

作者:蔵本 由紀
出版社:集英社
発売日:2014-05-16
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下のビデオは、本書でも紹介されている御茶ノ水女子大学の郡宏さんの実験である。

複数の振り子時計を並べると、“振り子”同士が申し合わせたかの様に歩調を合わせるようになる。「ホイヘンスの原理」だ。1665年の冬、ホイヘンスが体調が悪く自宅に引きこもっていた時に発見されたというのが心強い。振り子はいいなあ仲間がいてなんて思っていたら、あらびっくり、という話か。

他にも似たような現象はいろいろある。たとえば、2本のローソクを少し離れた場所で灯すと、お互いの炎が互い違いに振動するようになる。

こちらは千葉大学の北畑裕之さんの実験だ。早速100円ショップに買いに行こうと思ったのは、卒業アルバムでビンのフタを集めてそうな人ナンバーワンになった私だけだろうか。

また、パイプオルガンの近い音のパイプ同士を近づけると、打ち消しあって消え入るような音になってしまうそうだ。パイプオルガンなどはRPGのラスボス場面でしか見ない私であるが、それがアクティブ騒音制御法に応用できるかもしれないと読むと、その研究がんばって、と思うのだ。ホタルの集団同期というのは単純に見てみたい。ミミズやカタツムリが前に進む理屈を読んだ後は、これも実際に見てみたくなった。

本書の特徴は身近なことである。身のまわりの興味深い現象を通じて「同期する世界」のおもしろさと重要性がよくわかり、非線形科学へのイントロダクションとして素晴らしい一冊だ。

それもそのはず、著者の蔵本さんは、集団同期現象を説明する「蔵本モデル」で世界的に有名な第一人者である。きっと、この分野のおもしろさを知ってほしいという著者の想いが、本書に対する私の印象につながっている。

蔵本モデルは、「集団同期」という現象が、水が氷に変わる時のように、あるレベルから急に発生する相転移であることを説明する、シンプルで強力な数式モデルである。

このようなモデルは一見まったく違う物理的対象や状況に対して同じ形をもっていますから、それを解析することで、今までそれぞれ独立に研究されていた対象の間に思いがけない共通性が見出されることがあるのです。

一般にものごとを理解するという場合、他のものとの関連において理解することはとても重要です。その意味で、横断的なつながりでものごとを眺めるのにも、単純化されたモデルは大きな役割を果たします。

本書では、同期という観点から、コオロギの鳴き声、電力ネットワーク、交通信号機の点滅タイミング、聴衆の拍手等、様々な事柄が横断的に紹介される。ベースになっているのは、「分解し、統合する」科学ではなく、「複雑世界を複雑世界としてそのまま認めた上で、そこに潜む構造の数々を発見する」ことによって豊かな世界を見つけようという価値観である。

身のまわりだけではなく「身の中」ももちろん対象になる。本書は「生理現象」について一章を設け、心拍や体内時計、遺伝子の発現などに内在する同期現象が紹介されている。

「蔵本モデル」は、蔵本さんが物理の助手だった時代に、生物学の清水博先生を訪ねた事が発端ということなので、最初から生命現象とは一番縁が深かったのだ。

本書では、全身にはりめぐらされた体内時計のネットワークが大編成のオーケストラに譬えられ、糖の分解反応はホタルの発光に譬えられる。AEDで除去される心筋の異常な伝導状態は、化学のベルーゾフ・ジャボチンスキー(BZ)反応で観察される渦巻き波に関連性があるという。
ベルーゾフ・ジャボチンスキー。なかなかに存在感のある名前だが、茨城の女子高生が大発見をして2011年にニュースになった現象でもある。実験の後片づけをせずにカラオケに行ってしまったのがきっかけ、というのが大変に心強い。

生命現象を扱った後、本書は最後に「自立分散システム」における同期現象の研究を紹介する。自立分散システムとは、たとえば、大脳が介在しない状況での生物の動作や、アメーバが発揮する知性や、ムカデの歩き方などに見られる、部分となる要素の行動が全体的な機能を創発するシステムのことだ。いかにも集団同期のモデルが当てはまりそうである。その知見を活かすと、より効率的な信号システムを作ることができるかもしれないという。同期システムが属する「複雑系」の研究は、これからさらにおもしろく、さらに役にたつようになっていくのだろう。 

非線形科学 (集英社新書 408G)

作者:蔵本 由紀
出版社:集英社
発売日:2007-09-14
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