『フードトラップ 食品に仕掛けられた至福の罠』-装丁家の自腹ワンコイン広告
この本、ヤバすぎ。遠藤さんも読んだらきっとスナック菓子を食べられなくなりますよ。カバーデザイン、ガツンとかましちゃいましょう!
半年ほど前のこと。ブックデザイナーである私の元へ、日経BPの編集者さんから興奮気味にお仕事の連絡をいただいた。 原書のタイトルは『Salt Sugar Fat』、日本語タイトルは『フードトラップ』。副題は ―食品に仕掛けられた至福の罠― である。
この本について簡単に紹介させていただくと、クラフト、ネスレ、カーギルといった巨大食品企業が、消費者に自社の製品を買わせるために、どのように中毒性、習慣性を植え付けるように罠を仕掛けているか、その内幕を詳細に描いた骨太のノンフィクションだ。
昔「やめられない、とまらない」というコピーで人気になったスナック菓子のCMがあったが、砂糖や塩、脂肪を食べると、人間の脳は幸せを感じる。これら3つの成分の量と組み合わせを調整していくと、脳が最高の幸せを感じるようになるという。これを食品業界では 「至福ポイン卜」と呼び、それを目指して原材料の配合などを考えているそうだ。食品会社にとっての理想の配合は、消費者にとっては肥満や成人病を引き起こす悪魔の配合になりかねない。
もちろん食品会社もそのことに気づいているが、消費者の健康に配慮すれば売上減は避けられず、ある意味、確信犯で塩分、糖分、脂肪分だっぷりの食品を次々と世に送り出している。そうした状況に、消費者はどのように自衛していくべきか──。
いち消費者として、またスナック菓子好き、さらに健康オタクの自分としては、非常に気になる内容だ。そして、もちろん装丁家としても。
本書は、アメリカ版のデザインもよく出来ている。いろいろなお菓子パッケージから文字を切り張りして、タイトルロゴとして使用する。英字ならではのデザインと言えるだろう。
これを見ているだけで、邦訳版でも面白い仕掛けをしたいという気持ちが湧き上がってくる。実際にブレストでは、食品パッケージのように箱に入れる案、スナック菓子の袋に入れる案など、妄想モードで盛り上がった。
スナック袋を開けて本を取り出すという案には魅力があったが、実際のところ、造本コストを考える以前に、書店流通に無理があることが判明(店頭でお客さんが開けてしまった場合、返本がきかない、スリップをどうやっていれるのか……)。やはり妄想に終わったわけなのだが、とはいえ、本作りは最初の発想段階でいかに楽しめるかがポイント。それこそ本作りの「至福ポイント」なのだ。そういった意味で、このような仕事は装丁家冥利に尽きる。
今度は実現可能な線でデザインを考え始めるのだが、それでも妄想は止まらない。
私が子どものころのお菓子のおもちゃに「イテテガム」というのがあった(正式名はわからないが、今でもあるのだろうか)。「ガム食べる?」といって板ガムを差し出しと、一枚抜いた瞬間に、ガムに仕掛けられたクリップのようなもので、指を挟まれるという昭和のB級玩具である。そんな仕掛けをこの本にもできないか、あるいは、チョコレートの匂いで香料印刷できないかなどなど。
ただの好き勝手な妄想ではなく、大真面目に「トラップ」というキーワードで考えているのである。
そんなことを考えながら、いくつかのデザインパターンを仕上げていく。その中から、帯をフライドポテトの容器に見立て、本に巻き付けるという案が第一候補として浮上してきた。
カバーを巻かずに表紙にエンボス加工を施せば、フライドポテトのリアル感をより訴求出来るのではないかということまでイメージしていた。(さらに、フライドポテトの香料印刷ができないかということも)
が、ここで衝撃的な写真が担当編集者から送られてくる。なんとフランクフルトのブックフェアで撮られた写真に、同じような本の写真があるではないか!
が~ん、というか、編集者さん、この写真持っているなら、ラフ出したタイミングで言ってよ、という感じではあるのだが、デザイナーが考えることは万国共通というか、所詮、ありきたりの発想であったというわけで、まさかの「振り出しに戻った」のである。
ここまでくると妄想なんて余裕もなくなり、時間も差し迫るし、なんとかひねり出すという方法に切り替えた。とにかく考える、そして作る。
こうして出来たのが、以下の案であった。
どの案に決まっても、世に出して恥ずかしくないものばかりである。だが最終的には、フランクフルトブックフェアの本を見て作ったわけでもないのだから、フライドポテト案で貫こうと意見がまとまる。そこからデザインをさらに詰めて、訳者に確認をとるために、9割型完成したデザインを提出した。
しかし、なんと今度は訳者からNGが……。「フライドポテトだとファストフードの印象が強すぎて、大手加工食品企業の内幕を暴いたこの本のテーマがぼやけてしまう」と反対されてしまったのである。
ついに、第3ラウンドへと突入。
発想を変えるという程ではないが、書店をスーパーの売り場に見立て、そこにこの本が置かれていたとしたらどうなるだろう、と考えてみることにした。意外にもその答えは、最初のラフの中にあった。箱に入れたり、袋に入れたりすることは当然できないけど、単純にそのように見えれば、書店を訪れた人にメッセージが伝わるのではないか。そんな思いを突き詰めることによって、ようやく現行案へと辿り着いたのである。
原作者のOKも貰い、ここから実際の見栄えを考えての紙選びや加工などを考え、データ作りの実作業へ入っていく。今回はパッケージの雰囲気を出すために、紙は迷わずコート紙にグロスPPに決めた。
さらに、表紙や本扉の用紙も、なにかささやかな仕掛けができないかと、コストを考慮しつつ考えてみる。ここもブックデザインにおける楽しいひと時だ。カバーの写真はただの白いパッケージ、はたして中に何が入っているのか? 多くの人が、思わず手を出してしまうような罠を仕掛けてある。
そんな訳で、書店で『フードトラップ』を見かけたら、カバーだけでなく表紙、別丁扉も是非ご覧いただきたい。
当初考えた箱を開けるとか、袋を破るということは実現できなかったが、やはり、そこは本。手軽に手に取り、めくるという動作の中で、一瞬でも楽しんでもらえれば面白いと思う。そして、楽しいイメージしかないお菓子や加工食品の恐るべき真実にどっぷりはまってもらえれば、デザインの役割を果たせたことになる。
コストをかければ面白いものはできるだろうけど、限られた予算の中で出来る限りのことをするのが楽しみの一つでもある。これからも信頼感を保ちながら、どこか楽しみのあるブックデザインというものを目指していきたいと思う。
エディトリアルデザイナー。主な書籍『2052』『エキストラバージンの嘘と真実』『スノーデンファイル』『イシューからはじめよ』『世界一やさしい問題解決の授業』『世界のエリートはなぜ、「この基本」を大事にするのか?』。主な雑誌『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』