キルリアン写真というものを、ご存知だろうか?今から約80年ほど前の1930年代に、旧ソビエト連邦で発明された不思議な写真のことである。発明家ニコラ・テスラの影響を受けた旧ソ連のキルリアン夫妻がその発明者。電気治療器の高周波によって生体から放電が起きていることに気付き、それを撮影しようと試みたことが発端であったという。
この鉄のカーテンの中で育まれたキルリアン写真が西側諸国にも広く知られるようになったのは1970年代のこと。超能力の研究で博士号をとったアメリカの臨床心理学者セルマ・モスが1970年にソ連を訪問したことがきっかけとなった。手や植物の周りを光が取り囲む不思議な写真は、「オーラを撮影したものではないか?」とも言われ、一気に世の中に知れ渡ることとなったのである。
キルリアン写真の代表例でもある「手」
(※著者による再現)
「葉」印画紙に感光したもの
(※著者による再現)
なかでも注目を集めたのは、「幻葉(ファントムリーフ)」という現象である。キルリアン写真で葉っぱを撮ると、通常は葉っぱの周りが発光する。そして次に葉っぱを半分に切断した状態で、写真を撮るとどのようになるのか?普通に考えると、切った部分の葉っぱは消えるはずである。それがどういうわけか、元の葉っぱ全体の形をした発光になるのだ。
”肉体が滅んでも、魂は残る”と言わんばかりのこの現象はTVや雑誌でも広く取り上げられ、病気を診断する技術としての研究までも行われていたという。しかしその後の進展が進まなかったことは現在の世の趨勢を見れば明らかで、やがて人々の記憶からも忘れ去られる運命にあった。
このSFの舞台設定のような題材を、現代において科学的に再現しようと試みたのが、本書『オーラ!?』である。1930年代の旧ソ連からから2010年代の日本へ、そして超科学から科学へ。さまざまな境界を乗り越えて今蘇った、決定的瞬間の数々が100点以上も収められている。
試行錯誤の末に光が!
”被写体に高電圧をかけ、放電を撮る” キルリアン写真の仕組み自体は、非常にシンプルである。だが一口に高電圧と簡単に言っても、最低でも必要となるのは、”君の瞳は”でおなじみの1万ボルト。多くの資料には、「簡単」に撮影できると書かれているものの、著者たちが実際にやってみると全く光らない。それなのにちょっと配線をいじるだけでも感電してしまう。全く不条理な環境で、挑戦はスタートした。
ゴム板に穴をあけて銅線=電極を出す。電極の上に
葉っぱを置き、その上には塩水を入れたシャーレ
「ナルト」キルリアン写真の撮影には
十分な水分が必要になる
試行錯誤のすえに、撮影技法を会得した著者たちは、キルリアン写真には手や葉っぱといった平らものしか存在しないということに着目し、手当たり次第に平らなものを激写していく。ハマチの刺身、ナルト。これらのキルリアン写真を撮ることは、その被写体が生命オーラを持っているのかという点において、大きな意味を持つのだ。
立体キルリアンというイノベーション。
撮影時の被写体の入れ物をシャーレからアクリルケースへと変更することで、様々なイノベーションが起きた。アクリルケースと接触面が離れていても撮影可能と分かったことによって、被写体の厚みも増していく。下記の2点は、死をイメージさせる被写体として選ばれた「貝」の写真である。
「貝」電極と接触しなくても光るそうだ。
星をイメージして「貝」を散らしたもの
また、被写体を立てることによって立体としても撮影出来ることが分かると、被写体の対象も、さらにぐっと広がっていく。
アクリルケースも大掛かりになって、どんどんエスカレート
最後の難関、感電必至のエンタテイメント!
そして最後に残された難関が、人間の手であった。この撮影の場合、片手をアクリル板に押し付け、ダイヤルを回して電圧を上げていかなければならない。机に電気が漏れて、肘がビリビリしてくるとのことなので、絶対に真似は厳禁!
手は直接触れなくても、放電は相当に痛いそうだ。
完全に手を中に浮かせた状態で撮れるほどに!
それにしてもつくづく感じるのが、超科学という世界観の持つモチーフとしての強さである。100年近く前の旧ソ連、不思議な写真、オーラというキーワードに基づくバックストーリーには、怪しくも強く惹き付けられるものがある。そしてこれを科学的に再現するということは、解明してしまうということとほぼ同義であるわけなのだが、批判のスタンスに寛容さがあり、非常に洗練されていると思う。
「デジタルではなくアナログ、未来ではなく過去に新しい技術が隠れている。キルリアン写真はそんな新しい視点を与えてくれます」とは、写真家の谷口雅彦氏の弁。
つまるところ、科学が超科学にノリツッコミをしたら、アートに転じたという離れ業なのである。美しすぎる科学現象が、感電を感動に変える!まさに電気ショックのような衝撃が走る写真集だ。
◆著者プロフィール紹介
写真 谷口雅彦(たにぐち まさひこ)
写真家丹野章氏に師事。専門学校在学中に1989年度毎日新聞ニュース写真年度賞特選を受賞。写真家細江英公氏主催のワークショップCORPUS第二期終了。1992年、舞踏家大野一雄氏と出会う。以後、舞踏家やストリップダンサーなど身体表現者とのセッションにより作品を制作。展覧会、カメラ誌、写真集などで発表する。近年は小説家やアスリートの人物写真、廃墟探訪などドキュメント写真も手がける。日本写真学会会員。主な著作『谷口雅彦写真集 日々の旅1993-2002』(ワイズ出版/2002年)、『沈黙と饒舌と 原発のある町』(白夜書房/2012年)
実験・文 川口友万(かわぐち ともかず)
サイエンスライター。富山大学理学部物理学科卒。“サイエンスにもっと笑いを”をモットーに、テレビ番組などで科学実験を披露することも多い。 著書に『大人の怪しい実験室』(データハウス)、『あぶない科学実験』(彩図社)、『媚薬の検証』(データハ ウス)、『ビタミン C は人類を救う!!』(学研パブリッシング)、『ホントにすごい!日本の科学技術図鑑』(双葉社)など。
西側諸国におけるキルリアン写真研究の第一人者。彼女も、死体のキルリアン写真を撮ろうとしていたというから驚く。
様々な動画サイトで話題になった実験を、実際に検証したレポートの数々。衝撃と笑撃につつまれる。
はっぱ隊×幻葉というアイディアを思いついたのだが、使い道がよく分からない。