今月は本屋大賞の発表あり、村上春樹さんの新作短編集の発売ありと、文芸書売り場が元気です!文芸書担当としおすすめせずにはいられない話題のフィクションを今回はご紹介させて頂きます。どれも映像化作品の原作です。是非、ドラマや映画と合わせてお楽しみ下さい。
学生時代、たまたま『すいか』というドラマを見ました。東京の三軒茶屋にある一風変わった下宿屋が舞台の、とても地味なドラマです。ところが、登場人物たちのセリフにハッとさせられることの連続で、私は借りてきたDVDを繰り返し見て、一時停止してはセリフを書きとめていました。自分の人生なんて退屈でつまらない。そう頑なに思い込んでいた主人公が少しずつ少しずつ変化していく、といういわば平凡なテーマを、こんな見事な物語にできるなんてすごい。脚本家の名は「木皿泉」。夫婦二人で脚本を書いているらしい。
それから何年も経ち、書店で働きだして、木皿泉さんが初めての小説を出すと知りました。本の発売前に河出書房新社の社長さんが店に来て下さった時に、私が木皿さんの『すいか』の大ファンで、今度出る小説を本当に楽しみにしています、と伝えると、何と、社長さんご自身が「どうしても木皿さんに小説を書いてほしい」と足かけ9年(!)通い続けてやっと実現したのが今回の本なのだ、という思いがけないお話をして下さいました。木皿さんご夫婦ご自身、ご病気や介護などの大変な時期があり、なかなか執筆が順調に進まなかったのだそうです。「この本には、関わった人たちの色々な年月や思いが詰まっているのだな」と、ページをめくりました。
主人公のテツコは28歳。7年前に若くして夫の一樹を亡くし、それからもずっとギフ(義父。一樹の父で天気予報士)と一緒に暮らしています。なぜ二人は一緒に暮らし続けているのか、物語の初めには判然としません。でも、テツコの恋人の岩井さんや、隣の家に住む「笑えなくなった」女の子、一樹の従兄弟の虎尾君、はてはずっと前に死んでしまった一樹の母・夕子まで登場し、テツコとギフをとりまく様々な人たちの目線から物語が語られていくうちに、この変てこな家族のあり方に、不思議なほど心が掻き立てられ、誰か大事な人と一緒に焼きたてのパンを買いに行ったり、カレーの匂いを嗅いだり、そんなことがしたくなります。
「もうすぐ新しいのが焼き上がりますよ」
と店の人に言われ、二人は待った。その時の二人は待つのに慣れきっていた。病院のあらゆるところ、検査結果を聞くための部屋や支払い所、手術室、詰所などで、ただひたすら待っていたからだ。パンの焼ける匂いは、これ以上ないほどの幸せの匂いだった。店員が包むパンの皮がパリンパリンと音をたてたのを聞いてテツコとギフは思わず微笑んだ。たった二斤のパンは、生きた猫を抱いた時のように温かく、二人はかわりばんこにパンを抱いて帰った。
本屋大賞は2位と惜しかったですが、それでも全国の書店員がこの本を応援した結果の大健闘。秋にはBSプレミアムでドラマ化される予定です。
普段は時代小説を読まない、という人にこそおすすめしたい、スピード感溢れる超エンタメ!時代小説です。文芸書の新刊を仕入れる際に、過去の実績データのない新人の方が書かれた本を何十冊も仕入れるということは滅多にないのですが、この本に関しては「いける!」と確信し、発売当初から応援させて頂き、有難いことにたくさんの方に手に取って頂いています。
東北の小藩が、「五日以内に参勤交代せねば藩を取り潰す」という無理難題を老中に突きつけられ、お金も時間も人手もない中、江戸への道のりをひた走る。そもそも、殿様は閉所恐怖症で駕籠に乗れないというトラウマの持ち主。厠の戸を全開にしておかないと用も足せない、そんな情けないシーンから物語は始まります。
しかし、殿様の人間性は素晴らしく、彼に忠義を誓った頼もしい臣下たちが知恵を絞り、体力を振り絞って、迫りくる数々の追手と闘いながら、不可能を可能にするために奮闘する様はまさに「青春」です。そして、旅での様々な出会いを通して、殿様自身が自らのトラウマを乗り越えて行く過程には何とも言えない爽快感があります。
佐々木蔵之介さん主演の映画は6月21日に公開予定。こちらも楽しみです。
4月10日からNHK木曜時代劇でドラマが始まった髙田郁さんの代表作『銀二貫』。主人公・松吉を演じる林遣都さんの清々しさ、そして津川雅彦さんのコミカルながらも人生の重みを感じさせる和助の演技が本当に印象的でした。この『銀二貫』は、大阪を代表する小説として、第一回Osaka Book One Projectの受賞作として選ばれ、昨年の夏には大阪中の書店でこの本が飛ぶように売れていました。その作品が今度はドラマになって、全国で注目を浴びています。
武士の子として生まれながら、ある悲しい事情により「銀二貫」と引き換えに大坂天満の寒天問屋の丁稚として生きることになった松吉。大阪の商人として生きるすべを、問屋の主人・和助から叩きこまれていきます。挫折あり、恋あり、別れあり、様々なドラマが巻き起こる中、それまでになかった腰の強い寒天を生み出し、練り羊羹を誕生させるまでの松吉の成長物語。商売への特別な思い入れもなく、真面目一辺倒で融通の利かなかった松吉が、商人としての機転や柔軟性を身につけ、やがて仕事に没頭していくさまに、松吉と同じ年頃の私は大いに励まされました。時代小説だからと敬遠せずに、働く楽しさ、仕事の面白さとは何かを考えている若い人に是非読んで頂きたいです。
続々と作品が映像化され、2012年本屋大賞を受賞した『舟を編む』が巻き起こした辞書ブームは衰えるどころか最近さらに盛り上がっています。とどまるところを知らない三浦しをんさん人気ですが、この5月10日からは『神去なあなあ日常』が映画になった「WOOD JOB!」が公開されます。書店員である私は試写会で映画を見せて頂く機会に恵まれ、一足先に見て参りました。これが、大笑いできて、しかもじわっと泣ける、こちらの予想を超えるような仕上がりになっています!
高校を出て特にやりたいこともなくブラブラしていた主人公・平野勇気は、全く興味のなかった林業の世界に放り込まれ、一年間働くことに。なまりの激しい村人たち、謎のしきたりや祭り、恐ろしいほどマッチョな先輩・ヨキ、美人だけど男に厳しい直紀との淡い恋など、三重県神去村を舞台にめくるめく日々が展開します。過疎に苦しむ山村に、都会育ちのふにゃふにゃした若者が大した覚悟もなく放り込まれて…という単純に思えるストーリーが、テンポの良い潔い文体で息もつかせず読者を引き込んでいきます。映画のラストにある祭りのシーンは(色んな意味で)圧巻、一見の価値あり!です。当店では映画の公開に合わせて、林業と三重県にスポットを当てたフェアを急遽開催する予定です。
どの本も時間を忘れさせてくれる楽しいものばかり。もうすぐゴールデンウィークですが、日常を離れて本の世界に遊ぶ時間を皆様にお届けできればと思っております。
【ジュンク堂書店大阪本店】
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