ITERとバベルの塔国際熱核融合実験炉の現状

2014年4月3日 印刷向け表示
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The New Yorker [US] March 3 2014 (単号)

作者:
出版社:Conde Nast Publications
発売日:2014-03-07
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ITER(読みは「イーター」)をご存知ですか? 日本語だと「国際熱核融合実験炉」と言われるプロジェクトのことです。ITERは、かつてはこの日本語に対応する英語の頭文字だと説明されていましたが、今では公式にも、ラテン語で「道」とか「道のり」とか「旅」という意味をもつ言葉だと言われるようになっています。

今日、原子力発電に使われている原子核反応は、重い原子核が分裂する「核分裂」ですが、ITERがやろうとしているのは、軽い原子核同士が融合する「核融合」という反応です。

そのための原料となるのは、宇宙で一番ふんだんに存在し、地球上にもたっぷりある元素、水素なので、資源が枯渇する心配はありません。核反応の結果として、(核分裂の場合のように)やたら寿命の長い放射性元素が出てくることもなく、核反応が暴走することもなく、メルトダウンもなく……と言うわけで、夢のエネルギーとして、国際協力で研究が進められているわけです。

しかし太陽の内部で起こっている反応を、そのまま地球上に持ってくるわけにはいきません。太陽の中心部はものすごい重力でぎゅうぎゅう詰めになっており、そのおかげで原子核同士が融合します。そのぎゅうぎゅう詰めの程度たるや、凄まじいものがあります。たとえば、太陽の中心部で起こる核融合反応で生じた光やエネルギーが、中心部からえっちらおっちら這い出して表面に到達するまでには、なんと、十万年とか百万年という時間がかかるほどなんです。光ですらそんなに苦労するぐらいの、凄まじい重力ワールドなのですね。

地球上ではそんな大きな重力は望めませんし、そもそも太陽中心部のような高温状態になった物質があるとして、それを入れておく容器もないので(高温で溶けちゃいますからね)、その代わりに強力な磁場で空間に(つまり周囲に触れないように)閉じ込めようとしています。核融合で使えるエネルギーが、本当に取り出せるのかどうかは、やってみないとわかりません。ITERはそのための実験炉を作るためのプロジェクトで、もしもそれがうまくいけば、今のところは理論的推測値に大きな幅がある多くのパラメーターの値を決めることができるはずなので、そこからさらに、原型炉、実証炉、商業炉という具合に、道を進んでいこうというわけです。

で、そのITERの現状について、昨年10月に、外部機関による管理評価レポートが出たのですが、その内容はひじょ~~に厳しいものでした。要するに、このままではあかん、ということです。あまりにも厳しい内容だったため、ITERに加する各国が、ただでさえ足りない金をさらに出し渋るようになるのではないか、ほんとに、ITERはこの先どうなるんだろう……という不安が渦巻く中、『ニューヨーカー』の2014年3月3日号に長文のレポートが掲載されました。ITERの中枢にいる人たちへのインタビューや、日本で開かれた会議、建設現場であるカダラッシュ(フランス、プロヴァンス地方の建設地)で働いている人たちにも徹底取材した、たいへんに読み応えのある記事でした。

その内容を、ほんとにざっくりですが、以下にご紹介いたします。

管理評価レポートで問題とされたのは、要するに、ITERは組織としてぐずぐずで、このままではどうもならん、ということです。ITERに参加しているのは、日本、欧州連合、アメリカ、ロシア、中国、韓国、インドなのですが、それぞれいろんな思惑やお国の事情があって一筋縄ではいきません。また、ITERには参加してなくても、何らかの形で核融合に興味を持っている国は、現在三十五カ国に及ぶといいます。核融合はなんといっても夢のエネルギーなので、各国、放っておくわけにはいかんのですよね。

それだけでもいろいろめんどくさそうですが、ITERの組織は、どこかの国がリーダーシップを持ってわけでもなく、全体としての予算というものがあるわけでもありません。正直、これまで一体どれだけの金がかかったのかも、知る者はいないようです。この構造が、プロジェクトがぐずぐずになる主な要因です。装置にしても、カダラッシュで一貫して作られるわけではなく、参加する各国が、それぞれ担当するパーツを自分の国で作り、それをカダラッシュに納めるんです。もう、いったん届いてしまえば、他のパーツとの調整に問題があっても、修正するのは一苦労ですし、デザインの変更もままならず(どこか一カ所に変更が生じれば、思わぬところまで影響が及ぶため)、何か不都合があるたびに、修正が必要になり、議論が起こり、駆け引きがあり、ずるずるずるずる……と予定が遅れていくんです。

こうした状況でもろもろの調整が必要と聞いただけでも気が遠くなりそうですが(現場の人たちのストレスたるや、大変なものらしいです)、さらに政治経済の思惑が絡みます。もうね、思惑の濃厚さということで言えば、ヒッグス粒子を捕まえるためのプロジェクトのスピンオフ、なんていうのとは桁が違いますからね。なにせ未来のエネルギー問題が解消するかも?? というとびきり切実な問題に直結しているのですから。

そんなわけで、たとえば、次のようなややこしいことにもなります。 ITERの真空容器は、高い精度で完璧な対称性をもつ必要があるので、本来ならば、ひとつの製造業者が責任を持ってしあげる方がいいはずです。ところが、核融合炉が実現したときの技術的ノウハウを手に入れたいとか、実験炉レベルで経験値を上げたいという、ある意味では当然の思惑があるため、現在、真空容器は九つの部分に分割して作られているそうです……(九つのうち二つは韓国、七つは欧州連合が担当)。

また、数十年にわたりトカマク(ITERの核融合炉は、トカマクと呼ばれるタイプです。炉心分はドーナツ形をしています。このデザインを初めて考えたのが、ロシアの物理学者アンドレイ・サハロフでした)の内壁の設計を手がけてきた欧州連合の技術者が、われわれがITERの内壁も担当しますよ、と提案したところ、中国代表が、「中国には壁を作ることができないというのか!」と怒るので、中国にも加わってもらうことになったそうです……(アタタタタタ……(–;))

しかし中国の反応にニヤニヤしている場合ではありません。中心ソレノイドという重要なパーツのプロトタイプの制作に携わっていたを日本は、2010年にサンプルをスイスに送って品質をテストしてもらったところ、まるで水準に達していないことがわかったのです。これではスケジュールが遅れてしまうから、アメリカの会社の製品を購入して納入したもらえないか、と日本側に言ったところ、日本は断固拒否。それから2年かけてどうにか使えるようになり、みんなやれやれと胸をなでおろしたのでした。で、『サイエンス』誌がその件を、「ITERがひとつの困難を克服」みたいな記事にしたところ、2010年以来ITERの機構長を務める本島修氏が、「日本の製造業者に何か落ち度があったように言われては困る」と文句つけたそうです。(アタタタタ……(–;))。

こういう調子なので、ズルズルズルズルとスケジュールは遅れ、本来なら2010年にはプロジェクトが完了しているはずだったのに、今では、まあ2023年とか2024年ぐらいですかねぇ、すべて順調に進んだとして……という感じらしいです。

ちなみに、1日遅れると百万ユーロの費用増加になると試算する人もいます。

現在の機構長である本島氏のやり方は強い批判にさらされているようです。たとえば、問題を曖昧に隠しつつ、「進捗しています! がんばってます!」とアピールばっかりしているのは問題ではないか、と言う人もいます(ITERの組織を日本の企業のようにモデル化している、という言い方もされていました)。なぜそれが問題かというと、限られた予算の中では、何かを進めるということは、どこかで妥協せざるをえないことが多いのに、そこのところを取り繕ってしまうからです。たとえば、もともとの設計では二つ作るはずだったダイバータという重要な装置を、資金が足りないという事情で、ひとつしか作らないことになりました。それはたとえて言えば、スペースシャトルを一機しか作らず、その一機で三十年間の任務を組み立てるようなもの。もしもその一機のダイバータに不具合が生じれば、修理には数年かかることになり、事実上、プロジェクトの終わりとなるかもしれません。

余談ですが、本島氏が機関長に就任してから、気合いを入れるためでしょうか、カダラッシュの本部棟に大きな石造りの立派なプレートを掲げたんだそうです。そのプレート、現地の人たちから「墓石みたい……」と言われているそうです……。

わたしは、ユダヤ教徒でもキリスト教徒でもイスラム教徒でもないので、旧約聖書に書かれたバベルの塔の物語にビビるつもりはありません。しかし、このぐずぐずのバベルの塔状態をなんとかするためには、仕切り直しが必要だろうとは思います。そしてその仕切り直しがうまくいかなければ、ITERは本当に終わるかもしれないな、とも思います。でも、仕切り直しとはいっても、いったいどうやって……?

しかも問題は、運営レベルのバベルの塔状態だけではありません。技術的にも未解決問題は、当然ながら(なにせ実験炉ですからね)少なくないのです。とくに問題なのは、いったん核融合が起こりはじめればドバーーーっと出てくる中性子です。中性子は電荷をもたないので、電磁相互作用をしません。津波のように押し寄せる(←この表現は『ニューヨーカー』の記事にあったものです)中性子は、まわりの物質をそのまま通り抜けます。しかし、わずかながら物質に吸収されるものがあり、中性子を吸収した物質の温度が上がります。もしも、超伝導磁石を取り囲んでいる極低音の液体ヘリウムが中性子を吸収して、温度がマイナス267度よりもわずかでも上がったら、超伝導磁石は超伝導ではなくなります。そうなるとプラズマの閉じ込めができなくなり、あたかもダムが決壊したように、プラズマが奔流のように溢れてきます。そのときの衝撃は、ジャンボジェットが二機、炉心に激突するのに相当するといいます。

しかしそれよりもさらに問題なのは、大量の中性子に晒されると、物質がガスガスになってしまうことです。ガスガスになってしまったら、必要な強度は維持できません。核融合が起こったときの中性子線は、宇宙空間(過酷な環境です)で宇宙ステーションに激突してくる宇宙線よりも、10**12から10**15ほど強いそうです。(**マークはべき乗を表します^^;)

そんな激烈な中性子線に耐えられる素材は、今のところ地球上のどこにもありません。必要とされる性質を持つ新素材を開発できるかどうかが、核融合炉の実現性とって死活問題なんですよね。そんな素材がないということ自体、ITERというプロジェクトの根本的な欠陥だと考える人もいます。かりに根本的な欠陥とは言わないまでも、きわめて深刻な問題であることは間違いありません。

新素材の研究は、現在、青森県六ヶ所村でチマチマと始まっていますが、到底、本気を出してやってると言えるような段階ではありません。というより、むしろ、本気出してやるんですか? という問題ですよねこれは。もしも本気出して新素材の開発をするなら、ひょっとすると、CERNクラスの組織とマシンが必要になるかもしれません。わかりませんが。ほんとにわからないんです、いろいろな意味で。

ITERが抱えるさまざまな問題について知れば知るほど、改めてつくづく思うのは、核分裂による発電は良くも悪くも現実だけれど、核融合による発電は、今も夢の途中なのだということです。夢は実現するのでしょうか? 実現しない場合、どうなるのでしょうか?

化石燃料は数十年、天然ガスとウラン燃料は百年程度で資源が枯渇するとみられます。石炭はまだだいぶあるけど、今世紀末までに二酸化炭素が500ppmを超えて、生態系に壊滅的なイメージがあるだろうと言われているのに、石炭は使いにくいです。中国は今現在、すごいペースで石炭による火力発電所を作ってますけどね。(昨年5月にマウナロア観測所で400ppmを突破しました。ここから先は、坂道を転がり落ちるように気候変動が制御不能になるだろうと予測する専門家もいます)

そして、これは覚悟しなければならないと思うのですが、どんなエネルギーも安くはないのです。たとえば風力にしても、現在ドイツでは、風が強い北海近くで風力発電が行われていますが、南の産業地域に送電線を通すために、ざっくり30億ユーロぐらいかかってるそうです。一方、アポロ計画ぐらい効率的な組織と潤沢な資金があれば、核融合もなんとかなると予測する人もいます。

ギザのピラミッド(期間は推定20年、費用?)、中世の大聖堂(期間は典型的なところで200年ぐらい、費用?)、上述のアポロ計画(期間は14年間、費用は今日の貨幣価値にして1000億ドルくらい)など、壮大なプロジェクトが成功した背景には、さまざまな社会条件が重なっているのでしょう。しかし、夢のままに終わったプロジェクトの方が、桁違いに多いこともまた事実。核融合に取り組む人たちのあいだには、ロシアの核融合関係者に由来する次の格言があるそうです。

Fusion will be ready when society needs it. 

「社会が腹をくくれば実現する」とも、「社会が腹をくくらなければ実現しない」とも読めます。さて、核融合の明日はどっちだ?
 

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