東京大学で知の最前線に挑み続ける6人の研究者へのインタビュー集である。インタビュイーの顔ぶれは、以下の通り。
・素粒子物理学:村山斉
・植物病理学:難波成任
・イスラム政治思想:池内恵
・情報通信工学:江崎浩
・西洋経済史:小野塚知二
・有機合成化学:井上将行
これほど幅広い分野の一流研究者の研究エッセンスを引き出すことは容易ではない。しかし、本書では元マッキンゼー日本支社長であり、東大エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(東大EMP)の企画・推進責任者である横山禎徳氏が聞き手となり、研究の意味を解きほぐすことで、知の最前線の醍醐味が門外漢にも伝わってくる。2008年に開講された東大EMPは、「全人格的な能力を備えた人物」の育成を目指しており、豪華な顔触れのインタビュイー達も東大EMPの講師であるという。
本書は2012年に出版された『東大エグゼクティブ・マネジメント 課題設定の思考力』の続編となる。今作では、前作と同様の「研究分野はどのように発展してきたか」、「なぜその分野に惹きつけられたのか」、「どんな思考法で知のフロンティアに挑んでいるのか」というトピックに加え、「どのようにプロジェクトをマネジメントしているか」にも重点が置かれてインタビューが展開される。真のイノベーションを目指す研究者たちが、どのようにヒト・モノ・カネ・情報を扱っているかは、多くのビジネスマンにも参考となるはずだ。
『宇宙は何でできているのか』がベストセラーとなった村山斉先生は、研究成果を出すためにはタイミングが重要であるという。宇宙の膨張は減速しておらず、むしろ加速していることを示した1998年の暗黒エネルギーの発見は、宇宙物理学の大きな転換点となった。暗黒エネルギーの謎を解き明かすためには巨大な観測装置が必要となり、「鉛筆と紙」だけで理論物理が追求できる時代は過去のものとなった。巨大装置の代表格である、欧州原子核研究機構(CERN)が建設した世界最大の衝突型円型加速器(LHC)はその完成が大きく遅れ、LHCによるデータを見込んでいた大学院生は論文を書くのに苦労をしたという。プロジェクトや装置が大きくなればなるほど、どのタイミングで論文を出すかが重要となり、「もはや学位とは何かといったことが問われるような時代になってきている」という。
欧州各国が連携して巨大プロジェクトを運営している一方、日本はゲリラ的にユニークなプロジェクトを成功させている。LHCよりも1桁少ない予算で、ニュートリノに質量があることの発見や、小林・益川理論の検証に必要な装置を開発し、日本にノーベル賞をもたらした。村山先生はこの成果を、日本科学技術政策のお役所的な「現状維持志向による継続性」に起因するものではないかと分析している。政治主導でナンバー・ワンのみを目指すアメリカではホームラン狙いが外れ、宇宙物理学の研究はじり貧に陥り、優秀なアメリカ人研究者が日本を目指すケースも少なくないという。未知を探求するための唯一無二の「正しいプロセス」など存在せず、その時々でうまくいっている場所・方法論へ優秀な人材が流れていく、という循環ができているのかもしれない。
東芝、コロンビア大学客員研究員などを経て、インターネットのための技術を研究する江崎浩先生は、国や企業にはできない、大学だからこそできることがあるという。大きなお金が注入される政府主導のプロジェクトでは、どうしても「緩み」が発生する。大学が主導してガバナンスを効かせることで、新たな社会インフラ構造のシステムを、より効率的に追求できるというのだ。もちろん、その実現のためには大学側にプロジェクトを回せる教授の存在が不可欠となる。
プロジェクトマネジメント能力を持つ教授と基礎研究を突き詰める教授を同時に抱え込みながらも、自律的に安定するようなガバナンスが大学には求められている。江崎先生は、今後の大学のあり方を次のように語る。
アカデミズムがあまり現実から乖離してしまうと問題で、かえってイノベーションが生まれにくくなると思います。もちろん大学というところは、現実から乖離した変なことをやっている人がいて当然です。したがって、その変なことは変なことのまま大学に埋もれてしまわないように、それを見ていて生かせる人が必要です。そういう絶妙の環境を、大学は作っていかなければならないと思っています。
本書は、究極の怠け者細菌・ファイトプラズマの話や「桃太郎」に込められたナショナリズム的意図など、知的好奇心をかき立てられる話題に溢れている。インタビュイー達の思考にもっと触れたくなり、ついつい彼らの著書『軍拡と武器移転の世界史』、『植物医科学 上』や『なぜ東大は30%の節電に成功したのか?』などを買い漁ってしまった。インタビューで語られる内容は最先端であるがゆえに、すぐにあなたの生活を変える、役立つようなものではないかもしれない。しかし、知の最前線が広大で、わくわくするものであることは間違いない。
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