梅の花が咲きはじめ、暖かい日が増えてきました。
書店員的感覚で言うと、赤本の販売ピークを終え、辞書の展開を広げて、小学1年生の大展開を始めると、春がもうすぐそこまで来たなぁ、と実感します。大学入試のシーズンが終了しつつある今、赤本コーナーはまた販売ピークを迎えるまで、難関大と地元の大学のものに絞って小さな展開になります。そんな小さな展開にした場合でも絶対に切らしてはいけない大学。
それは「東京大学」、日本最難関と言われる多くの受験生の憧れです。
どんな勉強をしたらいいのだろう、どんな人が合格するのだろう、どんな試験問題が出題されるのだろう。興味本位で手に取って、あまりの面白さに引き込まれ、夢中になって読んだのがこちら。
「東大の現代文入試の問題文は、東大がその年の顔として、まさにメンツを懸けて探してくる文章である。東大の入試問題は文部科学省の役人だけでなく、大方の教育関係者が必ずといっていいほど目を通すものなので、陳腐なものを出題するわけにはいかない。ゆえに、どの文章も面白くて、深いものばかりである。」
と書いてあるように、読み解けるメッセージはどれも刺激的で、短い文章がたくさん掲載されているので、効率よく自分の心に響く言葉に出会うことができると思います。それぞれの問題文の最後に実際に出題された設問が掲載されているのですが、これが解けた日には「ワタシ東大行けちゃう??」とか小躍りしそうなくらい嬉しくなったりして…。
ただ読むだけでなく、出口先生の解釈を手がかりに、咀嚼し味わい飲み込むところまで楽しめますので、一つ一つの文章がじわっと自分に染み込む感じがしました。久しぶりに学生時代に戻って現代文の授業を受けたような充実感。現代文の答えはひとつではない、私たちの人生の答えも、また一つではない。現代文の問題に取り組むという事は、生きる事への取り組み方を考えるヒントにもなるかもしれません。
現代文の問題で味わい深い数々の文章に触れた後は、正しい言葉の番人ともいえる方たちの仕事に思いを馳せてみるのはいかがでしょう?
新潮社校閲部の部長さんが本を書かれるというのを新刊案内で見て、発売をとても楽しみにしていた本です。以前、新潮社さんに原稿を提出する機会があったのですが、「校閲を通しますので少々お時間をいただきます」と言われて、「私みたいな素人の文章にも校閲がはいるの!?」と驚いた記憶があります。
校閲部とは何か??端的に言うと、原稿の中の言葉に間違いがないかをチェックする専門部署です。出版社として責任を持って正しい日本語を世に送り出すという気概が感じられる部署だと思っています。
「校閲って言うのはさ、つまり…服の裏地を作る職人みたいなもんだ。外からはよく見えない。しっかり出来ていて当たり前。でもその出来具合で本物かどうか分る人には分る。そう思ってひたすらやって来たんだよ。」と文中で部長が語るシーンがありますが、裏方のプロ中のプロだというのが、本書を読めばひしひしと感じられます。
日本語表現についてのクイズや豆知識も盛りだくさん!随所に4コママンガも挟まれているので、楽しくあっという間に読めてします。ただひたすら間違い探しをしている…というわけではない、校閲部の日常を覗いてみませんか??
最後に日本語を操るプロ中のプロ、作家の中でも超大御所である筒井康隆先生が、遺言のつもりで書かれたという「小説作法」を収めた1冊。
「小説を書こう、あるいは小説家になろうと決めた時から、その人の書くものには凄みが生じる筈である。小説を書くとは、もはや無頼の世界に踏み込むことであり、良識を拒否することでもある。」
「自分の考え方すべてに自信満満という人の書いたものには、まったく凄みがない。なぜ自信満満なのかというと、その考え方が誰にでも受容れることのできる凡庸な、陳腐極まりないものであることが多いからだ。それこそがまさに良識のつまらなさであり、普遍的な価値観の退屈さであり、自動的な思考の馬鹿らしさなのである。」
作家論、作品論、創作手法について言及するにとどまらず、人としての面白み、味わい深い人生とは何かということまで考えさせられます。全編にわたって語られる筒井先生の作家として生きる覚悟。
「小説家に不幸などあるのだろうか。小説家になりたくて苦しんでいた昔日の初心を忘れて不幸を誇大に感じ、それに悩んだり、時には書いたりもする慢心は小説家の品格にかかわる脳内物質の異常分泌だ。」
多くの人がそうだと思うのですが、例えば社会人の場合、仕事をする前はその仕事に就きたい!と希望した瞬間があったはずですが、希望した仕事に就くことが現実になって、それが日常になった瞬間にありがたみが激減し、不平不満を言うようになってしまいがちです。なりたいと思って苦しんでいたあの日の事を思い出し、慢心せず、初心に帰って与えられた仕事にきちんと向き合える人こそ真のプロと言えるのではないかと思いました。読めば背筋がすっと伸びるような一冊です。
本から教わることは多く、本の中に広がっている文字が紡ぐ宇宙は、様々な職人たちの手によって支えられている。そして美しく正しく味わい深い日本語で紡がれた本を、お客様に届ける一助となるのが書店員の仕事なのだと、身が引き締まる思いがしました。
【大垣書店烏丸三条店】
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