本書は業種や職種によっては、いますぐ役に立つビジネス書である。最終章のタイトルは「これからの消費の主役に何を売るべきか」。その最終章にはたった780円でこんなに教えてもらっていいのかというほどたっぷりと、具体的なビジネスのアイディアが満載なのだ。
たとえば、これからのビジネスとして、ネットでの有名ブランドの中古品販売は流行るはずだ。その場合はPCサイトではなく携帯サイトでなければならない。決済はアプリ課金のように電話料金に上乗せするべきだ。操作をできるだけ簡単にし、アイコンをかっこ良くしないと失敗するかもしれない。
たとえば、自動車メーカーは極限まで装備を簡素化することで安くした大型ミニバンを作るべきだ。ユーザーには「いかつめ」なライトやバンパーを徐々に自分で後付できる余裕を残すべきた。
たとえば、旅行代理店は家族同士による大部屋宿泊ディズニーリゾートツアーを作るべきだ。パークのチケット代と15名程度の素泊まり宿泊費をセットで提供するのだ。それどころかテーマパークは25歳以上の既婚男性3人以上が集まると割引になるチケットを作るべきだ。
たとえば、カラオケや居酒屋などは同級生割引をはじめたほうが良い。格安のレンタルルームも流行るかもしれない。などなどそれぞれのアイディアは良くありがちなように見えるのだが、本書をはじめから読み進めた読者はこれぞ宝の山だと気づき、膝を叩く仕掛けになっている。そして眼から鱗が落ちたと叫ぶであろう。
これらを消費する主役こそ、著者が名付けた「マイルドヤンキー」である。ヤンキーといっても例の危ない人達のことではない。地元指向が非常に強く、態度はマイルド・内向的で、ITへの関心やスキルが低く、どちらかというと低学歴で低収入、小中学時代からの友人たちと「永遠に続く日常」を夢見る人たちのことだ。
都心の高感度層・高学歴層の若者が、スマフォやSNSによって広がった人間関係をメンテナンスするため、カフェや飲み会などいわゆる消えものにカネを使い、物を買わなくなっていることに対し、マイルドヤンキーはクルマやショッピングモールなどでの買い物などにカネを使っているというのだ。まさに物販の主役である。
そのマイルドヤンキーがどこに住み、どのような生活をしているのか。どのようにして発生し、これからどこに向かうのか。都心に暮らし、都心で仕事をしているビジネスマンからまったく見えない世界を、著者は丹念に調査した。ビッグデータなどを使うのではなく、彼らに密着しインタビューすることで社会学的な調査を実施したのだ。
本書をビジネス書の体裁を整えた、社会学の最新論文として読むこともできる所以だ。明治維新からほぼ150年間、東京が全国各地から成功を目指した、すなわち失敗も恐れない、意欲的な人々を集め続けた結果として、地方にはどちらかというと保守的で、与えられた現状に満足する能力がある人々が取り残されたように見える。しかし、彼らはけっして不幸でも、落ちこぼれでもない。それぞれに幸せを感じながら生きているのだ。
「日の出(東京都多摩郡日の出町)の若者にとって、イオンは夢の国。イオンに行けば、何でもできるんです」
「困らない程度に稼げて、地元の友人との時間をちゃんと確保できれば、それでいい」
「パチンコとパチスロで毎月10万円使う。給料日には必ず打ち、買った分はその日のうちに使う。後輩を連れてキャバクラに行ったりする」
「いずれはアルファードかエルグラントが欲しい。車は大きければ大きいほど良いと、地元友達は皆思っている。早くオーナーになって友達に『やるじゃん』と言われたい」
都心に住む人々とは異質の価値観かもしれない。しかし、愛知や三重、群馬や山口から世界企業に育ったトヨタやイオン、ヤマダ電機やユニクロの絶好調ぶりの要因は、企業のDNAレベルで、かれら新保守層を理解しているからかもしれない。
東京出身のマクドナルドや日産自動車、ソニーなどのマーケッターなどは本書から得るところ大であろう。海外市場を調査する前に国内市場を深く理解するべきだ。このような保守層は日本だけのことではない、アメリカにも中国にも故郷から100マイル以上離れたことのない人々は何千万人といるのだ。ひさしぶりにビジネスマンにおススメしたい一冊である。