著者は40年以上にわたり、原子力発電所による放射能汚染と漁業への影響について警告を発しつづけてきた。東京海洋大学の名誉教授である。大震災直後から無数にあらわれたニワカ原発問題専門家ではない。今回の原発事故では多くの原子力関連の学者たちが馬脚をあらわしただけでなく、門外漢の経済学者や経営者までもが専門家を気取っていて気味が悪い。
本書『これからどうなる海と大地』は「ラッセル=アインシュタイン宣言」の一部を引用している。この宣言は1955年に哲学者のラッセル、物理学者のアインシュタインや湯川秀樹などが核兵器廃絶を求めた宣言だ。このなかで「専門家の見解は、個々の専門家自身の知識の広さにだけ左右され、したがって最も多くを知る人が最も悲観的になっている」としている。
ところで、本書の著者は「人と魚と水の関係」を研究する学者だ。原発だけでなく火力発電所、ダム、ゴルフ場などの汚染源と海との関係を研究し続けているのだ。それゆえに本物の専門家として、とりわけ海と水産物の放射能汚染については悲観的だ。
本書冒頭では岩波書店の「世界」6月号に掲載された記事が転載されている。そのなかで、チェルノブイリ事故による海洋汚染やイギリスのセラフィールド再処理工場による計画的な放射能放出を引き合いにだしながら、地獄の蓋が開いたと表現する。少なくとも半年は茨城、千葉の沿岸であっても海藻を食べてはならないという。
著者は六ヶ所村の再処理工場についても警告する。なんと再処理工場は、原発が1年間に捨てる放射性廃液を1日で捨てるというのだ。もちろん事業者は廃液が自然線量の800分の1にまで薄まると反論するのだが、イギリスの再処理工場の環境汚染データをみるかぎり、楽観すぎるであろう。
著者は再処理工場建設に無暗に反対する立場ではない。放射能を海に捨てるなと、現実的な主張をする。それゆえに本書にはニワカ専門家にない迫力があって、その主張は重い。