最近の家電は本当に安くなった。特に液晶テレビでその傾向が顕著であり、地デジ対応のためにテレビを買い替えに行って、その価格に驚かれた方も多いのではないだろうか。2011年8月6日付けの英国エコノミスト誌によると、EMS世界最大手のフォックスコン(鴻海精密工業)は2013年までに新たにロボットを100万台増加させる計画を発表したようだ。中国では高騰する人件費が懸念されるが、文句も言わず働き続けてくれる彼らと、高止まりしている円のおかげでしばらくはお得な価格で様々な家電が楽しめるかもしれない。
驚くべきは価格だけではない。その機能の進化のスピードも目を見張るものがある。全てのチャンネルのテレビ番組を1週間分記録できるレコーダーもあれば、留守の間に勝手に掃除をしてくれるロボットもあるし、お米でパンを焼くコトだってできるのだ。このような機能を目の当たりにすれば、中世の人たちならきっと魔法と勘違いするだろう。中世でなくてもすっかりその機能に目を白黒させている現代人も多いのだろうが。
性能や機能への過度のこだわりが「ガラパゴス」と揶揄されることも多い日本のメーカーだが、その機能には感心させられることも多く、家電量販店をぶらぶら見て回るのもなかなか楽しいものだ。マジックでも披露するかのように面白おかしく新製品を紹介してくれる「家電芸人」はすっかりお茶の間の人気者になっているが、その家電がどのような仕組みで動いているかを理解している人は少ないだろう。華麗なマジックに驚き、ただその凄さを楽しむのも悪くないが、十分驚いた後にはタネが知りたくなる。タネを知るとは言っても、ラジオの真空管をいじっていればよかった時代とは異なり、高度に洗練された現代の家電は例え分解してもそのタネは見えてこないだろう。本書は家電に限らず私たちの身の回りにある様々な機械のタネを「摩擦」という切り口から解説してくれる一冊である。
クーラーが冷たい空気を送り出すタネが「圧縮と膨張」にあることは、熱力学を勉強したものなら知っているだろうが、圧縮のカギを握るコンプレッサが本書のタイトルにあるように熾烈な『摩擦との闘い』を繰り広げていることを知る人は少ないのではないだろうか。舌を噛み切りそうな名前の「レシプロコンプレッサ」はモーターの回転運動をピストンの往復運動に変換して空気の圧縮を行うのだが、その仕組みは丁寧に図解されており非常に分かり易い。「ロータリーコンプレッサ」までなら、万が一くらいには自分の頭で考えつけたかも、と自惚れることもできるが、「スクロールコンプレッサ」の形状は絶対に自分では思いつかないだろう。そんな複雑な形も全ては摩擦と闘うためなのだ。本書にはたくさん図解も用意されているので、様々な機械がどうやって動くのか、本書を右に左に回転させながらその動きを想像するのも楽しみ方の一つだだろう。
今この原稿を書いているノートパソコンのディスプレイにも摩擦の力が重要な役割を果たしている。ノートパソコンの本体とディスプレイは蝶番のような部品(ヒンジ)で繋がっているのだが、この部品は普通のドアと壁を繋いでいる蝶番とは大きくその役割が異なる。滑らかに動けば良いだけの蝶番とは異なり、ヒンジはどのような角度でもディスプレイを固定するのに十分な摩擦力を発揮しなければならないのだ。ヒンジに摩擦がなければ私の指はディスプレイとキーボードに挟まれっぱなしで、ここまで原稿を書き進めることは出来なかっただろう。しかし、やみくもに摩擦力を上げれば良いというものでもない。摩擦力が高すぎればディスプレイは開かなくなってしまうし、その力を受け止める部品の損耗も激しくなる。我々の身近にある家電は、あちらを立てればこちらが立たずというジレンマの中で、絶妙なバランスで摩擦と闘っているのだ。
本書では他にも掃除機やエレベーター、大きなところではCTスキャナの種明かしも行われている。当然かもしれないが、種明かしとは言ってもあくまでも摩擦という切り口から見た種明かしに限られる。マジックのように進化してしまった最近の家電のタネの全てを、1人の人間が理解することはもはや不可能なのかもしれない。それでも少しずつ理解できることはあるし、種明かしはやっぱり楽しいのだ。本書は136ページとコンパクトにまとまっているが、何もかもがブラックボックスになりつつある最近の家電に当てる最初の光としての役割をしっかりと果たしてくれる。
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ものづくりへの興味が湧いてきた人には『球体のはなし』がおすすめ。
著者の球体への熱い思いが爆発してます。
ものづくりだけでなく、直す方にも興味がある方には『直す現場』がよろしいかと。
ところで、「家電芸人」って何?という人にはこちら。家電の楽しさがひしひしと伝わってきます。