それはちょうど2年前。海外の本の版権を扱うエージェントの方から面白いノンフィクションの本が出ると紹介されたのが、新刊『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』の企画でした。
当時は、私が編集を担当した『フェイスブック 若き天才の野望』の発売直後。手前味噌で恐縮ですが、『フェイスブック 若き天才の野望』はマスコミ嫌いのフェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグや周囲に、ベテランジャーナリストが取材を重ねて書いた本で、実に面白かった。大学の寮でフェイスブックが生まれ、5億人のユーザーを勝ち取るまでが目の前の出来事のように書かれている名作です。
『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』の著者もブルームバーグ・ビジネスウィーク誌のエース記者で、取り上げるのはマスコミ嫌いなアマゾン創業者のジェフ・ベゾスと共通点が多く、これは面白いに違いないと思ったんです。
それに私は、ジェフ・ベゾスとアマゾンのことがもっともっと知りたかった。それは、ベゾスが何を考えているのか、よくわからなかったから。アマゾンは顧客第一主義を掲げて品揃えを増やしているけれど、電話でのサポートは極力受けようとしない。商品をおすすめする一方で、顧客が星一つの悪いレビューを付けても消さないで堂々と掲載する。ショッピングサイトに注力しているように見えるけれど、クラウドも電子書籍も本気のようだし、ハードウェアまで自ら出してしまう。どうにも矛盾があるように思えてしまう。
そのうえ、ジェフ・ベゾスは製品発表では取材を受けても、それ以外ではあまり語らないので、何をどう考えているのか見えてこない。アマゾンという便利で使わずにいられないサービスと、そのわかりにくさに、魅せられていたのです。
そこで、本腰を入れて『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』の企画を検討し始めました。とはいえ、2年前に資料としてもらえた数十ページ程度の英文の概要だけでした。まだまだ翌年の発行まで取材は続くよという時期ですから、原稿がないのは仕方がありません。それでも、この数十ページの概要が、ワクワクするような面白い原稿だったんです。
これは何としても弊社から出すぞー!と上司と盛り上がり、ほかの出版社と競合しながらも、なんとか弊社が版権を取りました。こういった翻訳出版は、原稿がほとんどない時期に版権を取るわけですから、なかなかリスクがあります。本として完成したときに本当に面白いのか、発行するときにアマゾンやジェフ・ベゾスの環境はどうなっているのか、2年前には賭けの要素が多分にあります。期待と不安を募らせながら、原稿が届くのを待ちわびてきました。
幸運なことに2013年夏、私の不安をぶっちぎるくらいすばらしい原稿が届きました。私が2年前に私が知りたかったこと以上に、ジェフ・ベゾスとアマゾンの素顔を教えてくれました。ベゾスが強烈なキャラクターの持ち主ということも大いにありますが、私は著者のブラッド・ストーン氏の粘り強くて鋭い取材力に驚きました。関係者に300回以上も取材を重ねたり、ジェフ・ベゾスの新会社が何の会社かを突き止めるために会社の場所を突き止め、張り込み、向いの道路上のゴミ箱から資料を拾ってスクープをものにしたりするなど、それはもう執念あふれる取材ぶりです。
こうして著者がつかんだエピソードの数々に、本書を読みながらさらに驚かされます。特に、第2部に書かれている電子書籍をめぐる出版社とのし烈な交渉や、靴のショッピングサイトのザッポス、ベビー用品を扱うショッピングサイトの買収劇は、ベゾスの容赦のないビジネスへの姿勢がビシビシと伝わってきます。
さらには、ベストセラー間違いなしのハリーポッターの新刊を赤字になるまで値下げしてアマゾンファンを増やしたり、電子書籍の低価格を浸透させるために当初は赤字の値付けをしたり、競合が参入しにくくなるようにあえてクラウドサービスの利益率を低くしたりするなど、ジェフ・ベゾスの長期的な視点を裏付ける逸話の数々に圧倒されます。「長期的なビジョンを持て」と言う経営者が多くても、ここまでやり遂げてしまう強い経営者はなかなかいないでしょう。
こうして私は本書を作りながら、ジェフ・ベゾスとアマゾンの戦略に圧倒され続けました。そして、今後こうした会社と勝負していくことになる日本の方たちに、ぜひその戦略を知っていただきたいと切に思います。
日経BP社 中川ヒロミ
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